2009年から2012年にかけて放送され、今なお名プログラムとして語り続けられる「佐野元春のザ・ソングライターズ」。第一線で活躍する一流のソングライターによる、詩作をめぐる濃密な対話の“完全版”が一冊の書籍としてここに結実した。
刊行を記念し、雑誌「SWITCH」4月号では佐野元春にインタビューを実施。本書に込めた思いをあらためて訊いた。
放送終了から10年目、ソングライター同士の濃密な対話をふたたび
2009年7月にNHKでスタートしたTV番組『佐野元春のザ・ソングライターズ』。第一線で活躍を続けるソングライターをゲストに迎え、佐野元春とのダイアローグ、そして聴講生とのワークショップを通して創作の秘密を紐解いていくこの講義=番組は、一般視聴者だけでなく音楽業界、TV業界内からもきわめて高い評価を受け、大きな反響を呼んだ。全4シーズンに登場したソングライターは23組。それまで語られることのなかった、彼らの詩作における“メソッド”が佐野との対話から詳らかにされていくという専門的、挑戦的な内容にもかかわらず、多くの番組ファンを生んだ。
そして、放送終了から10年目を迎える2022年、佐野とソングライターたちによるそれらの対話を1冊に纏めた書籍『ザ・ソングライターズ』として刊行された。—— ポップソングは時代の表現であり、時代を超えたポエトリーである。佐野が寄せたその言葉が証明されていくプロセスのすべてが、この1冊に凝縮されている。
—— 放送終了後、いつかこの作品を別の形で発表したいといった思いは佐野さんの中にあったのでしょうか。
「『佐野元春のザ・ソングライターズ』はシーズン1から4まで続きました。番組が終了した後にいくつかの出版社から書籍化のオファーがありました。ただ、その時点では書籍化については消極的でした。というのは、聴講生とのワークショップの部分を活字で再現することは難しいと考えていたから。この番組は僕とゲストのソングライターの方との対話、そして聴講生とのワークショップ、そのふたつが軸となった構成でした。どちらか一方が欠けてもダメだと思っていた」
—— 2012年12月の最終回から今年で10年目を迎えますが、その間、佐野さんの中でこの番組はどのような存在として位置付けられていましたか。
「とても嬉しいことに、放送終了後も視聴者の方から再放送や映像化、書籍化のリクエストをいただいていました。SNSなどでは今でも話題になっていると聞いています。そうした声を聞いて、これはなんらかの“形”にしたほうがいいのかもしれないと、少しずつ考えが変わっていった。
そして一昨年、あらためて書籍化の打診をスイッチ・パブリッシングから受けて、もう一度この番組を振り返ってみた。講義全体のアーカイブを文字起こししたものが残されていたので、丁寧にそれらを読み返してみた。ある程度の時間が経っていたので客観的に読むことができた。そして率直に言えば、とても面白かった。そこにはソングライター同士の、創作を巡る飾り気ない対話がありました。そしてその対話は自分が記憶していた以上に濃密だった。同時にそれはソングライターだけでなく、他の分野の創作に携わる人々にとっても意味のあるものになるのではないか。これは有意義な本になるかもしれない、そう考えて書籍化に至りました」
—— 単行本『ザ・ソングライターズ』は、放送された番組ではなく、今佐野さんが話された実際の講義全体を基に構成されたものですね。
「そうです。放送されなかった部分も含めてすべての対話を基に再構成しました。やはり放送というのは時間の制約がありますし、編集という作業が加わることで、実際に行われた講義の内容の多くがカットされていたことは事実です。番組は1時間に編集されていましたが、実際の講義は、ワークショップまで含めると毎回約3時間、対話だけでも1時間から1時間半におよぶものでした。あらためて講義全体のアーカイブを読み返してみると、様々な気づきや再発見がありました」
今の時代を生きるすべての表現者たちにこの1冊を届けたい
—— 歌詞の一行一行、単語のひとつひとつに至るまで、ひたすら言葉に向き合い、必死になって紡いでいく。そうした作り手のリアルな姿がこれらの対話からは垣間見えます。
「ソングライターという仕事は大変です。それは言ってみれば池に浮かぶ白鳥のようなもの。白鳥は水面上はとても優雅で美しく見えるけれど、その下では必死にもがくようにして水を掻いている。でもその姿は傍からは見えない。ソングライターに限らず真剣に創作に携わるアーティストは、みんな同じではないかと思う。その根底にあるのは表現に対する飽くなき欲求だ。目の前の不可解な様相を言葉と音楽でどうにか乗りこえていきたい、そんな思いがあるのではないでしょうか」
—— 対話の中では出演者がどのような子供時代、思春期をおくり、どんな音楽に触れてきたかということを訊かれています。それはほぼすべてのアーティストに対して訊かれていたので、佐野さんにとっても重要な質問のひとつなのだと感じました。
「多感な頃、どんな音楽や映画に触れていたか、そのアーティストの根幹を成すものは何なのか、それは現在彼らが詞を書く上でのメソッドにも通ずるものだと考え、そうした質問をしました。ソングライティングにおいてはけっこう重要なことだと思っています」
—— 一方で、9・11や3・11に代表されるような当時の社会的なイシューに対するソングライターとしての向き合い方、考え方についても、皆さん率直な心情を話されています。
「はい、皆さん率直に心情を語ってくれました。そのことでより深い対話につながったと思います。ソングライターは世の中をよく見ていますから、同じ時代を生きる人々の喜びや悲しみに敏感でないはずがない。特に番組が放送されていた時代には東日本大震災という大きな出来事があった。あの時ソングライター同士で言葉を交わすことができたのは、とてもいい経験でした。3・11について感動的だったのは、サンボマスターの山口隆さんに来ていただいた回です。収録は震災直後の2011年4月4日。あの時の山口隆さんとの対話はとても印象に残っています。我々ソングライターは曲を書くことで厳しい現実を凌駕できるか。ソングライターとして何ができるのか。僕の問いに彼は真摯に向き合い、答えてくれました」
—— 今ならそれはコロナによるパンデミックやロシアーウクライナ問題であり、そうしたことをこの先ソングライターはどう表現していくのか、そんなことにも思いを馳せました。
「ソングライターは不思議な生き物だ。みんないいかげんに見えて、実は鋭く本質を捉えている。そこで気づくのは、優れたソングライターはみんな一級のストーリー・テラー(語り部)だということ。自分の喜怒哀楽は横に置いて、状況に翻弄される人、巻き込まれ、分断され、差別された人。怒りを感じ、声が届かないと感じ、無力だと感じている人。優れたソングライターはそのような人たちの”物語”を紡ぐことができる。『ザ・ソングライターズ』で対話したみなさんに共通しているのはそこだと思う。彼らはどんな時代でも僕らが必要とする曲を書いてきた。きっとこれから先、新しい世代からもそんなソングライターが出てくるでしょう」
—— そしてもちろん、佐野元春の新たな言葉、音楽を今も多くの人が待っています。
「ありがとう。そうだと嬉しいな。この『ザ・ソングライターズ』という本は、ちょっとボリュームがあるけれど、ものを創造する上での叡智が詰まった読み応えのある本だ。クリエイティブ・ライティングに興味がある人、歌を聴くのが好きな人、大事な歌を心に持っている人、今この瞬間も曲を書き続けているソングライターたち—— そんな人たちとっては、ここから得られるものは必ずあると確信している。特に新しい世代にも読んでもらいたいと思う。番組の放送が終わって10年。ここに書籍としてまとまってよかった。ここに参加していただいたソングライターのみなさんに感謝したい気持ちでいっぱいです。この本を読んで、読者がどんな感想を持つのか、とても興味がある。できることならもっと多くのソングライターたちの話を聞きたかった。そんな思いもある」
(SWITCH 2022年4月号より一部抜粋)
四六上製/866ページ
5,280円(税込)
WEB特典
佐野元春A3ポスター
佐野元春がホストとなり、1970年から2010年代に至るまで日本の音楽シーンを牽引してきたソングライターを迎え、彼らの「ソングライティング」の秘密に迫った「佐野元春のザ・ソングライターズ」。佐野の母校である立教大学での公開講座という形で、ソングライターとの対話に加え、クリエイティブライティングを志す若者たちとのワークショップも実施。その模様は2009年7月から2012年12月にわたりNHKにて放送され、話題を呼んだ。ソングライター同士による創作をめぐる貴重な対話の記録を今、一冊の本として次世代に繋ぐ
小田和正 さだまさし 松本隆 スガシカオ
矢野顕子 Kj 桜井和寿 後藤正文 鈴木慶一
岸田繁 RHYMESTER 山口一郎 山口隆
KREVA 曽我部恵一 トータス松本 キリンジ
七尾旅人 中村一義 大木伸夫 星野源
山崎まさよし なかにし礼 大瀧詠一