SUZUKI KEIICHI
NEW DISCOVERY OF HEADPHONE LISTENING
素材となる天然木の種類によってそれぞれが異なる響きを持つオーディオテクニカの「木」のヘッドフォン。フレイムメイプル、アサダ桜、黒檀という3つの素材から産み出されたハイエンドヘッドフォンを鈴木慶一が聴く
PHOTOGRAPHY: TADA
TEXT: SUGAWARA GO
新たな発見を呼び起こすヘッドフォン
私は音楽を作ることが仕事なので、音楽を聴く時もつい“仕事の耳”になってしまうのが悲しいところです。そう言って鈴木慶一は苦笑いする。
「CDを買ってきても、大抵は仕事場のスタジオのモニタースピーカーで聴くので、そうするとつい分析的に聴いてしまう。これはもう職業病ですね(笑)。ただ、作り手ではあるけれど、純粋なリスナーとしての感覚も常に持っていなければいけない。新しい音楽を聴いた時、そのサウンドや音響に『あ、これいいじゃん!』と心が動く感覚。それは忘れてはいけないと思っています」
ムーンライダーズ、ザ・ビートニクス、Controversial Sparkなど数多のバンド、ユニットとしての活動を続けつつ、北野武作品を筆頭に数々の映画音楽も手がける音楽家・鈴木慶一。日々音楽と生活をともにする彼が、日本を代表するヘッドフォンブランド、オーディオテクニカの「木」のヘッドフォン最新3モデルを体験する。天然木を使用し、日本の職人によるハンドメイドでひとつひとつ作られるこのヘッドフォン、仕上げの美しさはもちろん、音に関しても一切の妥協を排したスペシャルなモデルである。
約一時間ほどかけてひととおりの試聴を終えた鈴木慶一に、その音の印象を訊ねる。
「メイプルの<ATH-WP900>(以下、WP900)。これは、耳がまったく疲れない。今聴いたザ・フーの新曲は、何本もの生ギターとエレキギターが重ねられているんですが、それが全部聞こえる。下手なスピーカーで聴くよりも空気感を感じられるように思います。ポータブルヘッドフォンでこれだけのクオリティというのは凄いと思う。
アサダ桜の<ATH-AWAS>(以下、AWAS)は聞こえ方がスピーカーにとても近い。ヘッドフォンというのは普通、センターの音像が少しだけ前に出ると私は思っているんだけれど、このヘッドフォンはそれがないんです。そしてものすごくバランスがいい。作り手の意図を忠実に再現するヘッドフォンだと思います。今日聴いたビートルズの『アビイ・ロード』は最近出たばかりの50周年アニバーサリーバージョンで、新たにミックスし直されたもの。音の定位もオリジナルとはだいぶ変わっていますが、そのミックスの意図、どんな風に手を加えたかということがはっきり伝わってきます。とてもバランスが取れている。
音楽を作っていて、ミックスの段階で一番重要なのは、どう “立方体”を作るか、ということだと私は思っています。これは昔からよく言っているけれど、高音は上から聞こえてくるように感じるし、低音は下から聞こえてくるように感じる。同様に小さい音は奥のほうに聞こえるし、大きい音は手前に聞こえる。単純にステレオの右、左だけではなく、上下と奥行きを持った立方体を作るような感覚でミックスしています。
今日聴いたヘッドフォンの中では、黒檀の<ATH-AWKT>(以下、AWKT)が一番、その立方体から音がさらに広がっていくというか、サラウンドと言ったらオーバーだけれど、360度、音が頭を包み込む能力がとても強いと思いました。音の広がりを最も感じます。振動板から空気をほとんど介さないヘッドフォンでどうしてこんな風に聞こえるのか不思議なくらい。このAWASとAWKTのふたつは共にスピーカーで聴いているような、ある意味ヘッドフォンらしくない聞こえ方ですが(笑)、音の違いについてはもはや好みの問題ではないでしょうか。どちらも素晴らしい。
もしこの中のどれかひとつを持って帰っていいと言われたら? うーん……難しい(笑)。特徴がどれも異なるので、そのうちの何を取るかということなんだけれど。音楽の作り手として考えたら、バランスに長けたAWASなら、音楽を作るという行為と音楽を聴く行為のどちらも自然と楽しめるような気がします。でもAWKTの、これまで味わったことのない包まれる感覚というのもものすごく魅力的だし、ポータブルかつヘッドフォンらしいサウンドという点ではWP900を選ぶだろうし……ひとつにはなかなか絞れないですね」
自宅では基本的にスピーカーで音楽を聴くことが多く、ヘッドフォンはもっぱらレコーディング時の確認用に使う程度だと鈴木慶一は言う。そんな彼にとって、この「木」のヘッドフォン3モデルの音はどう響いたのか、あらためて最後に訊いた。
「私が今使っているのは、どこのスタジオにもある定番のモニターヘッドフォンです。何十年もそれを使って音楽を作ってきたので、いわば物差しのようなもの、仕事道具ですよね。仕事だけならそれでいいけれども、最初に話した“リスナー的な感覚”という意味では、ちゃんとしたオーディオクオリティのヘッドフォンで聴くことには大きな意味があると思います。実際、今日は取材でしたけれど、プライベートでじっくり聴いたらさぞかし楽しいだろうなと思いましたから(笑)。
再生機器のクオリティが上がっていくと、それだけ新しい発見があると思うんです。単純に『こんな音入っていたんだ?』という驚きもあれば、好きな曲の見え方や感じ方まで変わってくることもある。試しに昔好きだった曲を2、30年ぶりにいい音で聴いてみたら、全然印象が違うと思いますよ」
鈴木慶一 1951年東京生まれ。70年より音楽活動を本格的に始め、75年にムーンライダーズ結成。ザ・ビートニクスやControversial Spark、No Lie-Sense等で活動。映画音楽家、俳優としても活躍中