カメラと言えばデジタルが当たり前となっていた世代の奥山さんが最初に手にしたのは、やはりデジタルカメラでした。ところが、何気ないきっかけを通して、フィルムカメラ、そして写真集など、形のあるモノが持つ力に気が付き、魅了されていきます—— 。
デジタルにはないフィルムの魅力
奥山 僕はもともとデジタルカメラが大好きで、最初は中古の安いデジタル一眼レフを使っていました。ですが、大学1年生の時に友人と初めて海外に行って、そこで友人が持ってきたフィルムカメラを借りてネガ1本分撮ったのが初めてのフィルムでの撮影でした。それを写真サークルの暗室で現像してベタ焼きしたのですが、ほとんど写っていないようなコマがたくさんあって、まともに写っていたのはせいぜい3分の1くらいだったんです。でもその時は「失敗した」と思って放っておいたベタ焼きを、時間が経過してからあらためて見てみると、「あれ、これは……なかなかいいなぁ」と思える写真が何枚かあったんです。
その時も思ったのですが、デジタルデータと違ってフィルムの場合は、ネガやベタ焼きのように物体として存在していることで、“圧”と言いますか、思わず見返してしまう、不思議な力がある。「そこにあるなあ」という認識を注ぎますよね。そうやって時間を置いて何回も見返していくことで、初めてその写真の意味が多層的になって、より深く理解できるんだと思います。
だから、僕にとって写真集というのは、もちろん書店に置かれる販売物ではありながら、何より自分のために作られたタイムマシンのような意味合いもあって。10年、20年後、自分の中に息づいている文脈が変化した頃に見返して、「あぁ、この時の自分はこういう風に写真を捉えていたんだな」と客観性をもって認識できることで、今の自分の写真の捉え方をまた“わからなく”させていく。自分を混乱させる装置を作っておかないと、あっという間に理解が追いついてしまって、そこで止まってしまう。表現においては、自分への深い理解は、破滅に等しいと、僕は思っています。自分で自分が腑に落ちた時、それは表現の意味を失う時です。
「この時の自分はこの1冊です」という提示をちゃんと世の中に対して、なにより後の自分に対して宣言しておかないと、写真を続けることはなかなか難しいと思います。もちろんビジネスとして、依頼された写真を撮るということであれば続けられるのですが、そうではなくて「写真によってこういうことを表現していきたい」という思いを伝えようとしたら、写真集を作っていないと、呼吸ができなくなると言いますか、心臓が止まってしまうような感覚があって。見返す機会もなく、自分にとっての“写真”を何となくふわふわと捉えたまま、表層的な「自分らしい」イメージをずるずると携えていく。だからこそ、ベタ焼きや写真集をモノとしてまとめて、残しておくことで、明確に現在地の自分との差を認識したい。その上で、「わからない今」に頭をずぶずぶとのめり込ませていきたいんです。
誰に見せるためのものでもない写真
奥山 特集の企画会議の最初の頃に、新井さんに「特集作るのには時間がかかるから、事前にちゃんとスケジュール空けておいてね」と言われて。「はい。でも僕、ここ10日間くらい海外なんですよね」「え? 撮影で?」「いや、旅行に行くんですよ」「新婚旅行?」「あ、そうなんです」「じゃあそれ撮ってこいよ」って(笑)。「いや……それはちょっと無理です」って、最初はお断りしたんですよね。なぜかというと、僕、写真撮る時、オン/オフとまではいかないですけど、単純に言えば、そこに流れている時間のすべてが写真に奪われてしまうんです。写真を撮る時というのは、すべてが写真のための時間であり空間なので、新婚旅行の間で撮ることは僕には難しいだろうなと思っていて。それで「僕、絶対できないです」って断言したんです。
でも、出発の日になって「どうしようかな……」って。一人で旅行する時は別ですけど、家族とどこか行ったりする時には基本的にカメラを持っていかないんです。純粋に旅行を楽しみたいという気持ちがあって。だから直前まで持っていくつもりはなかったんですけど、ふと新井さんの顔が浮かんで(笑)。
新井 悪魔のささやきが(笑)。
奥山 それで、一応フィルム15本くらい持っていったんですよ。
新井 結構たくさん持っていったんだね(笑)。
奥山 万が一どうしても写真に収めたい景色に出会って、「これは絶対に撮りたい!」という気持ちがふっと湧いたら使おうかなと、一応持っていって。でもやっぱり最初の2日間くらいは全然撮らなくて。まったくそういう気持ちになれなかったんです。けれど「撮るぞ!」みたいに全身の神経を研ぎ澄ませてこの一瞬を撮るといった、瞬発力を全開にする感覚とはまた違う、今までとはまた違う撮り方があることに気付いて。その一瞬一瞬に対して気合いが入っているか入っていないかで言うと、入っていない。けれどそれも自分がその時間の中で撮ったものなので、こうやってベタを見返しても別に自分の写真じゃないように感じるかというと、そんなことはなくて。結局気付いたら旅行の間に10本ぐらい撮ってて、帰ってきて新井さんにそのベタをお見せしたら、もう満面の笑みで……(笑)。
新井 たぶんその時の僕の気持ちは、奥山くんがまだ幼い頃に妹さんと弟さんを家で撮った写真を見た時の感動と似ているような気がします。あのとても美しい写真。
奥山 ああ、そうかもしれないですね。意識としては同じようなものなのかもしれません。別に、これを誰かに見せると自分の中で決めていたわけでもなく、「この特集のために撮るぞ」と思ってシャッターを押したわけでもなく、ただ思うがままに撮ってきたものなので、こうやって誌面で掲載されたことはどこか恥ずかしくもあり……という感じです。けれど、そういう気持ちで撮ったものをあらためて見てみると、確かに、人に対して表現することを前提としない、今の自分ではなかなか撮ることのできない写真なのかなって思えてきたんですよね。
新井 別に僕は奥山版『センチメンタルな旅』(荒木経惟)を望んでいたわけじゃないし、もちろんそれとは全然別のものなんだけれど、やっぱり何か、かけがえのない時間というものが写っていたらいいなと思っていた。そして、実際にこのネガにはそれが写っていると思ったんだ。それがとても嬉しかった。
奥山 ありがとうございます。あとは、他にも特集のこのページ(「FAVORITE 30 PHOTOBOOKS& VISUAL BOOKS」)も自分では結構気に入っているんです。僕、写真集が物凄く好きで、自分が撮った写真だけじゃなくて、人の写真集でもやっぱり見る時や状況によってこちらの捉え方が変わるんです。
写真集ってそんな頻繁に開くものではないじゃないですか。本棚に入れっぱなしだったり、トイレにずっと置いてあったり。そうすると次に開くまでに間が空くんですよね。僕はものすごい数の写真集を持っていて、1日1冊ずつ見ていったとしても、次に開くのは何年先になるんだろう、という感じなんです。もちろん定期的に手に取るタイトルもありますが。そういった視点で写真集を捲っていくと、この人の写真はいつ見ても捉え方が変わらないなというものもあれば、僕自身が得た知識や経験を通してあらためて見ることで、グッと変化して見える写真集もあったりして。だから、こうやってトークに来ていただいて、そのうえであらためて僕の写真集や今回の「SWITCH」をご覧いただくと、また読み取れる事柄が変わると思います。
森山大道と奥山由之の共通点
奥山 僕、“はっとする”って、人間特有のすごく大事な感覚だと思うんです。記憶をこれだけ長時間保持できることだったり、言葉というものをこれだけ巧みに使うことができたり、そういった特徴だけに限らず、視覚や聴覚など、人間の感覚って多岐に渡るじゃないですか。でもそれらの感覚って、最終的には「あっ!」というような感覚だったり、ぱっとひらめくような“第六感”に繋がるための要素だったりするんじゃないかと思っていて……ちょっとよくわからない話になってきましたが(笑)。
新井 でも今の話を聞いていて、奥山君がなぜ森山大道さんに惹かれるのかわかったような気がしました。今回の号では奥山君と森山さんの対談も収録されているけど、森山さんも自分の写真に関しては語る語彙が全然少ないんだよね。
奥山 そうですね。
新井 それを語ることはまったくしないんだけど、全然違う物語を自分の中から紡ぎだしていった時の森山さんの活字って、すごい力がある。奥山くんもそうかもしれない。自分の写真に対する語彙よりも、生きることとか、そういうものに対する語彙が豊富な気がする。だから、それはやっぱり書いていった方がいんじゃないかと思った。だから「flowers」のページで、アフォリズムのようなものを書いたのはすごくよかったよね。
奥山 確かにこの「Flowers」の文章は、写真そのものの話を綴るよりも、おばあちゃんについて書くことでステートメントとして成り立っているところがあると思います。
新井 おばあちゃんの話、もっと読みたいと思ったもの。
奥山 そういう意味では、自分の写真そのものについて云々書くよりは、こういうことを書くほうが得意というか、すんなり出てくるのかもしれないですね。
雑誌だからできること
奥山 今回の特集を通して、自分の写真を言葉と共に残すことができたというのが、本当によかったと思っているんです。これまでの自分の写真について、そしてこれから作っていこうとしているものに対して、ある種の宣言を自分に対して残しておくことができたというのは、貴重な経験でした。比喩的な表現ですが、ひとつの心臓になる経験というか。
自分が作品を作るという行為に対して、言葉も交えながら、ここまでまとまった1冊ができ上がったのは、僕にとっては今回が初めての経験で。先日も青山ブックセンター本店でトークをさせていただいたのですが、やっぱりそういう場だと実際に読んでくださった方々の反応を直に感じることができるんですよね。そうしたら、写真集や展覧会の時とはまた違った印象を受けました。文章を読んで、写真を見て、繰り返しページをめくっていくということ、つまり雑誌であることの“構成”を楽しんでくれている人がすごく多いように感じて。
新井 この「SWITCH」を買った人は、写真だけでなく奥山君の生き方にも興味があるんじゃないかな。写真に対する考え方も、感情も全部含めて。それで、奥山君がこれからどんなことをやっていくのか、みんな楽しみにしているんだと思う。
奥山 様々な情報の文字を追いながら、写真も同時に目にするという行為は、今やスマホやパソコンを通してみなさん慣れていると思うんです。けれど、今回の特集のように、あるひとりの人間の考えや思想に没頭する時間というものはほとんどない気がして。そういう意味でも、新鮮に感じて頂けていたら嬉しいです。
第1回はこちら。
展覧会情報
現在、東京・品川のキヤノンギャラリーSにて、写真家・奥山由之による写真展「白い光」が開催中です。本誌と併せ、ぜひこちらの展覧会もお楽しみください。
イベント | 奥山由之写真展「白い光」 |
開催日時 | 2019年3月7日(木)-4月15日(月) |
休館日 | 日曜日・祝日 |
開館時間 | 10:00open / 17:30close |
会場 | キヤノンギャラリー S 東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー1階 *JR品川駅港南口より徒歩約8分、京浜急行品川駅より徒歩約10分 |
入場料 | 無料 |
お問い合わせ | 03-5777-8600 |
公式サイト | https://cweb.canon.jp/gallery/s/ |