バンドデシネの翻訳家・原正人さんにフランスのバンドデシネ出版事情や今気になる作品を聞く全4回のインタビュー!
今年、『HARUKI MURAKAMI 9 STORIESパン屋再襲撃』(以下、HM9S)を皮切りに、漫画(バンドデシネ)で読む村上春樹シリーズの刊行が始まりました!……とはいえ、まだまだバンドデシネ・ビギナーのHM9S編集部。シリーズ最後の9巻目が出る2020年までに、バンドデシネのことを語れるようになりたい! そんな想いから、バンドデシネに詳しい方々を訪ね、勉強したいと意気込んでいます。初回は、様々なバンドデシネの翻訳を手がける原正人さんにお話をお聞きしました。
第3回:本国フランスの出版事情
バンドデシネという言葉の持つ意味とその背景を学んだHM9S編集部は、フランスの出版業界についても興味があります。どうしてフランスで「MANGA」は人気で、日本でバンドデシネはなかなか定着しないのか。
——フランスでは今、バンドデシネはどれくらい刊行されているのでしょうか。
原 日本の漫画やアメリカンコミックスなどの翻訳、復刻なども含めて、バンドデシネはフランス・ベルギーで年間5000点くらい出版されると言われています。そのうち1500点くらいがヨーロッパの作家によるいわゆるバンドデシネで、日本の漫画の翻訳が1500点くらい、アメコミが4~500くらいという感じなんです。部数はまた別の話ですが、刊行点数としては自国のものとほぼ同じくらいの数の日本の漫画が翻訳出版されていることになります。日本の漫画の翻訳が少しずつ増えてくるのが1990年頃から、バンドデシネ全体の中で、漫画がかなりの割合を占めるようになるのは、2000年代に入ってからのことです。
——そんなに日本の漫画が!
原 歴史を紐解くと、本格的なバンドデシネの登場は、20世紀の初め頃からですが、その頃、バンドデシネは子供向けでした。『タンタンの冒険』が初めて世に出たのが1929年で、そこから特に第二次世界大戦後、いろんな雑誌が出て、バンドデシネの黄金期が到来します。その後1960年代末の学生運動と足並みを揃えるように、大人向けのものがたくさん出てくるんです。同じような動きは、日本やアメリカでも見られますよね。
——国は違えど……ですね。
原 子供の頃にバンドデシネを読んでいた世代が大人になり、それにあわせてバンドデシネ自体が大人のものになっていった。低年齢層向けのものはずっと残りましたが、10代が読むようなものがすっぽり抜けたとよく言われます。一方で、欧米のテレビの多チャンネル化に合わせて、日本のアニメが多く放映され、フランスの子供達は釘付けになった。例えば、永井豪さん原作の『UFOロボ グレンダイザー』はフランスでは『ゴルドラック』というタイトルなのですが、めちゃくちゃ視聴率が高く、人気だったそうです。その他、多くのアニメがフランスで人気を博しましたが、その辺のことについては、清谷信一さんの『ル・オタク―フランスおたく物語』(講談社文庫)で楽しく知ることができます。
——日本のテレビアニメによってフランスでの日本の漫画の下地ができた、と。
原 その後、漫画の単行本も翻訳出版されるようになっていきますが、特に重要な役割を果たしたのが『AKIRA』と『ドラゴンボール』だったのではないかと思います。『AKIRA』は先にアメリカで出版され、それがフランスでも出版された。漫画仏訳草創期にはアニメの原作漫画が多く翻訳出版されましたが、その後は、必ずしもアニメがなくても、漫画が翻訳されるようになり、その中でヒットが生まれたりもして、刊行点数がどんどん増えていきました。日本の漫画はそうやってフランスに定着したんです。
——なるほど。しっかりと栄養を含んだ土から芽が出て今、花が咲いたような感じですね。
原 それに比べて日本でバンドデシネが定着しているかというと、まだまだですよね。フランスのアニメの下地があるわけでもなく、そもそもバンドデシネ原作のアニメは、日本の漫画原作のアニメに比べると、ずっと数が少ない。値段の問題も大きいのかなと思います。バンドデシネはどんなに頑張っても、日本の漫画単行本ほど安くはならないですから。翻訳バンドデシネの値段がフランスの原書よりベラボーに高いということはないんですよ? 場合によっては合本でずっと安くなっていたりするんですが……。
——一般的にはバンドデシネは10—13ユーロ(約1300円—1700円)くらいと聞きました。HM9Sは1600円です。
原 バンドデシネだとすれば妥当な値段ということですね。このシリーズは『パン屋再襲撃』が出ていますけど、残りの8篇のめどは立っているんですか?
——今度『かえるくん、東京を救う』が10月20日に出ます。4カ月に1冊のペースで刊行予定です。
原 4ヶ月に1篇、描けるんだ。すごいですね。
——フランスではシリーズものの場合、1年に1冊出れば早い方、とお聞きしました。日本のように週刊誌で連載したものが単行本になるのは稀で、バンドデシネはほとんどが描き下ろしだと。
原 そうですね。『ラストマン』という作品があって、これなんかは当初3、4カ月に1冊のペースで出版されていましたが、かなり異例だし、刊行ペースについては、日本の漫画のあり方を参考にしているそうです。小説を原作にしたバンドデシネだと、有名なところで『星の王子さま』がありますよね。ジョアン・スファールというフランスではすごく有名なバンドデシネ作家が作ったんですが、『星の王子さま』という多義性のある古典的名作をある一つの方向に集約させている感じで、とても成功しているし、すごく感動的でした。原作小説と漫画/バンドデシネが幸福な関係性にある作品の好例だと思います。
——日本では作家の池澤夏樹さんの翻訳で出ていますね。
原 フランスではバンドデシネの判型が大きく、コマをかなり密に組むので、1ページに10コマ以上あったりするときがあるんです。だから日本の漫画に慣れている人には読みにくいというか、窮屈な感じがするんですけど、『星の王子さま』の日本語版では、許諾を取って、ページを途中で切って組み直す作業をして、フランス版の半分以下の横長の判型にしたんです。
——その方がもっと日本の読者に届くと思ったから。
原 バンドデシネの一つの特徴として、場面ごとにカラーが変わったり、色が物語を語る上で重要な役割を果たすことがあるんですね。ページによってカラーが変わったりすることもあるので、そういう場面は、途中でページを切ると不都合が生じたりします。とはいえ、日本人にとっては読みやすいものになっていて、面白い試みだなと思いました。見事なローカリゼーションですよね。
——日本人のためのバンドデシネ。面白い試みですよね。