アメリカの写真家デニス・デフィバウによるグリーンランドとそこに住むイヌイットの暮らしを追った写真集『NORTH by NUUK, Greenland After Rockwell Kent』。約3年にわたる撮影で写真家が巡った4つのコミュニティは、1930年代初頭のニューヨークの著名な画家であるロックウェル・ケントが制作の拠点を置いた場所でもあった。画家がかつて描いた世界と重ね、写真家はどのようにして今の姿を写し出すのか。ドキュメンタリー写真集の制作にまつわる話を訊いた。
Photographs and captions by Denis Defibaugh
From North by Nuuk, Greenland after Rockwell Kent
—— ロックウェル・ケントのことはどこで知ったのですか?
「ある日、ニューヨークのギャラリーで彼の絵を見つけました。バロックやキュビズムの時代の絵画が並ぶ中、他のどれよりも自分に語りかけてくるその素晴らしい絵に近づくと、ロックウェル・ケントのサインがあったのです。ああ、これはロックウェル・ケントだったのかと。彼の描いた絵画や本の挿画は以前から知っていましたが、それから改めて興味が湧き始めたのです。その後、ロチェスターから車で五時間程のところにあるニューヨーク州立大学プラッツバーグ校のロックウェル・ケント・ギャラリーで資料を見て、彼が撮影した写真の美しさに興奮しました。木の箱に入ったポジフィルムを一点ずつ取り出して光に透かすと、まるで宝石を見ているようでした。それが彼との出会いであり、今回のプロジェクトが始まったきっかけです」
—— この写真集の撮影のプロセスについて教えてください。
「撮影場所はケントの軌跡に基づき、彼が滞在した四つのコミュニティを訪れました。首都のNuuk、第二の都市であるSisimiut、Umanak、そして一番離れた小さな町、Illosuitです。
撮影のプロセスにおいてまず大事なのは、私たちのプロジェクトをどうやって住民に伝え、理解してもらうかということでした。突然知らないアメリカ人がカメラを抱えてやってきて写真を撮らせてほしいと言っても、理解はなかなか得られません。私たちは新しいコミュニティを訪れるたびに、住民へ向けたプレゼンテーションを行いました。ケントがどんな人物だったのか、その軌跡を追っていること、イヌイットの学生たちに向けてワークショップを開くこと、インタビューをさせてほしいということなど、私たちが行おうとしていることをすべて共有する必要があったのです。NuukとSisimiutではほとんど興味を示してもらえませんでしたが、Umanakでは1200人ほどの前でプレゼンテーションし、住人わずか70人のIllosuitでは全体の半数を超える50人近くの人が参加してくれました。
中にはケントのことを知る人たちもいました。Illosuitでの滞在先の近くに暮らしていた親子の娘はフランシスといい、ケントを訪ねてグリーンランドまで来た彼の奥さんの名前と同じでした。その娘の母親はケントの奥さんとここで知り合い、娘にその名前をつけたというのです。プロジェクトを通してケントとグリーンランドの繋がりは様々な形で現れました。
また、住民にビデオ・インタビューをするオーラル・ヒストリーの企画では、ハンターや教師、年配者など、グリーンランドの変化や歴史について語ることのできる人たちの合計25人にそれぞれ1時間ほどインタビューし、土地に語り継がれている事柄や文化について訊きました。その映像は貴重な資料としてグリーンランドの図書館やその他のアーカイブに保存されます」
—— 実際にはどのようにして今回のプロジェクトの内容を伝えたのですか?
「まずケントが撮った写真を何点か見てもらいました。住民たちは、彼ら自身の歴史と繋がりのある写真を楽しんでいるようでした。とくにIllosuitの住民は『この小さな町の85年前の写真に知り合いが写っているかもしれない』と時間をかけてケントの写真を眺め、私たちのプロジェクトにとても興味を持ってくれました」
—— ポートレートにおける撮影の瞬間はどうやって作るのですか?
「釣りに行く人、犬ぞりに乗る人、自宅で撮る人など、撮影リストを事前に作りました。特に指示は出さず、普段のままを撮影します。プロジェクトの最初の試みでは、その場所を一枚で表せるような風景写真を撮影することが目的でしたが、滞在するうちに住民たちのより親密なポートレートを撮りたいと思うようになりました。それはまさにケントがやっていたことでした。プロジェクトが終わりに近づいてきた頃、Illosuitで『写真を撮ってほしい人は誰でも私の家に来てください』という看板を出してみると、それに気づいた隣人が、旗を掲げるための巨大なポールを家から持ってきました。特別な日に国旗を掲げるためのポールです。私たちの撮影日にはグリーンランドの国旗が上がりました。
Nuukのような都市ではポートレートの被写体に、ラジオパーソナリティやコメディアン、照明技師、音響技師などがいましたが、一方でIllosuitではほとんどがハンターで、他には町役場の人などがいました。都市の暮らしとハンターの暮らしは全く違うものです。職業も違えば学歴も違う。都市では多くの家庭に大きなテレビがあり、Wi-Fiが飛んでいますが、小さな町ではそうではありません。しかしそれはどちらが優れているということではなく、ライフスタイルの違いであり、それぞれが確固とした価値観を持っています。私はそうした現実を写真に収めたいと思いました。現代の写真家として、狩猟や釣りや、彼らの生活の営みを撮影することはとても幸せなことでした」
(2019年10月時点)
<プロフィール>
デニス・デフィバウ 写真家、ロチェスター工科大学写真学科教授。代表作にメキシコの死者の日を撮影した『The Day of the Dead / Dia De Los Muertos』や、各地の自然史博物館にある絶滅危惧種の標本をポラロイドで撮影した『Afterlife of Natural History』がある。
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