4月10日、写真家操上和美は写真集『April』をスイッチ・パブリッシングより刊行した。アートディレクションは葛西薫。1992年から1994年の間、操上和美がロバート・フランクと共に旅をした軌跡をまとめた1冊だ。
二人の邂逅はニューヨークにあるフランクのアトリエにはじまり、カナダの海沿いの街ノヴァ・スコシア、そして操上の故郷である北海道・富良野へと続いた。富良野で二人は操上の父親の墓参りをした。それが1994年4月のことだった。旅の中で操上はフランクのことを「お父さん」と呼んでいた。翌年横浜で開催されたフランクの大規模な展覧会の図録の年表には一行「1994年北海道」と記されてあった。北で過ごしたかけがえのない時間、フランクは操上に思いを伝えていた。
ロバート・フランクは、2019年9月9日、94歳で逝去した。
操上和美は『April』が刊行された今年、父親が亡くなった歳を迎えた。
操上和美のロバート・フランクへの思い、そして葛西薫を交え、写真集の制作秘話を伺った。
*本インタビューは2020年4月11日OAされたJ-WAVE「RADIO SWITCH」のテキスト版です。
*「SWITCH」4月20日発売号は「追悼 ロバート・フランク」と題した総力特集です。操上をはじめ、荒木経惟、森山大道が集結しロバート・フランクの写真術を紐解きます。あわせてお楽しみください。
【後篇】NORTHERN
—— 北海道での旅を操上さんのお父さんに捧げる写真集にしよう、という話を操上さんと相談し、デザインは葛西薫さんにお願いするしかないという強い意思がありました。
葛西 はじめて操上さんから写真集のお話を聞いたのは、何の映画だったか覚えてないんですが、試写会場でたまたま隣同士になった時でした。お父さんが病床だということ。また故郷の北海道・富良野を自分の目で撮ったことがない気がしていたこと。この機会に自分と父の過ごした土地を「北の風景」という気持ちで撮ってみたいんだと。いつか写真集にしたいので、お願いできませんか、と。僕は操上さんと同じ北海道生まれで、富良野あたりの景色も想像がつくんです。操上さんの見た北の風景を写真を通して見てみたいと思い、喜んでお引き受けしました。その時に言ったのが、「僕以外の人にこのことは頼まないでください」と(笑)。
—— タイトルの『NORTHERN』は葛西さんが考えられました。
葛西 操上さんご自身と操上さんが撮られる写真を思うと、「北へ」とか、そういうものではないと朧に思っていました。一方で南を意味する「サザン(SOUTHERN)」という言葉には、「愉快・明るい・カラフル」、という印象があり、僕自身がそうした言葉が苦手だったので、「サザンの逆は何だろう、あ、『NORTHERN』だ」というふうに思いつき、それをタイポグラフィで組んでみたらとてもいいなと思ったんです。「NOR」という綴りには「NORWAY」や「NORDIC」という言葉もあり北の寒さや空気の透明感を感じられました。『NORTHERN』、これしかないと思いました。
荒木 あ、困った。ロバート・フランクでしょう、これ。
操上 一緒に北海道に行ったんです。フランクに「親父が死んだので、墓参りに行く」って言ったら、「よし一緒に行こう」って。
荒木 なかなかだねえ、やっぱり。この人はね、気持ちをその時のその場所で操上さんに捧げてるわけですよ。そういう人だよね、あの人は。その時の気持ちをくれるんだよね。ロバート・フランクっていう人は。
操上 ジーっとね、窓からジーっと流氷を追っかけて。フランクは流氷が好きじゃない? それでこう、パシャって撮ったらバッと手を上げる。そのクールな感じ。「これだぞ写真は」って感じですね。
(操上和美写真集『NORTHERN』収録特別対談より)
—— 葛西さんの美しいタイポグラフィ、デザインを用いたまたとない写真集を作らせていただきました。それから16年が経ち、ロバート・フランク追悼の写真集『April』は4月10日に刊行することができました。こちらのデザインも葛西さんにお願いをさせていただきました。あらためて、操上さんにとって『April』はどのような写真集ですか?
操上 フランクと過ごした時間をそのままフィルムでストックしていたんです。写真というのは眠らせておくと忘れ去られるか発酵するかのどちらかです。ストックしていた写真を見て、「フランクが亡くなる前に出したほうがいいのではないか」と考えていました。
—— それはフランクに直接届けたいという思いがあったんですか?
操上 それもありました。しかし突然亡くなってしまった。今やらないと、このまま眠らせてしまうと発酵し過ぎてしまうと思った。眠っていた時間を起こし、今の時間に写真は生きていく。写真の良さですね。そうすることによってフランクに対する献本になると思ったんです。
—— ノヴァ・スコシアと富良野という2つの北の世界は荒涼としていて、心に響きます。葛西さんのデザインワークが見事に凝縮された写真集です。
操上 葛西さんのデザインにはいつも緊張と同時に美しさを感じる。それが本として残るのでいいですよね。
—— 今回の『April』は、タイポグラフィを組む上でいかがでしたか?
葛西 打ち合わせの際に新井さんが『April』というタイトルをポン、と出された時にすごくいいタイトルだと思いました。字面というよりも「4月」という特別な月を捉えていた。本来なら写真を表紙に入れて表紙デザインを作っていきます。当然そのようにやってみましたが、「もしかしたら表紙に写真はない方がいいかもしれない」と思っていたんです。代表写真を表紙に出すのではなく、大切なものは中にある。「April・4月」という言葉に大切な思いを込める。その引き方が、より中のものを引き立たせることになると思ったんです。
操上 葛西さんは表紙の文字組みを何度もやられていましたね。
葛西 はい(笑)。
操上 会うたびに変わっていき、すごい執着だなと。
葛西 どれが正しいかなんてわからないんですが、写真を見ると気持ちが高揚する。その高揚した気持ちでデザインを作るとどうか、とか。逆に高揚を抑えて静かに作るとこうか、と往復しながら詰めていきました。ロマンチックだとかセンチメンタルになり過ぎないほうがいいんじゃないかと。僕はその場に立ち会っていないのに、操上さんの写真を見るたびに興奮するんです。その興奮を鎮めるという作業が一番大変でした。
新井 ページをめくるたびに時間が動き出していく。今というよりも明日のための写真集という気がしました。今回タカ・イシイギャラリーで写真展が開催予定です。どのようなイメージで開催されているかお教えいただけませんか。
*操上和美写真展「April」は2020年5月15日(金)- 6月20日(土)まで、タカ・イシイギャラリーにて開催。詳細は▷https://www.takaishiigallery.com/jp/archives/21417/
操上 本と展覧会では見せ方が違ってくるので、かなり厳選して20点に絞りました。写真として伝わって行くもの、自分の心が伝わって行くものを厳選して展示しています。フランクが持っていた味をどのように伝えるか、僕が感じたフランクをどう伝えるかを考えました。細かい計算を重ねていく作業は面白かったですね。
—— 「フランクの味」とおっしゃっていましたが、ニューヨーク、ノヴァ・スコシアにいるフランクと、北海道にいるフランクでは表情が違っているんですよね。特に富良野のフランクは可愛いらしく見えます。
操上 彼は着いた途端に「ホリデイ」だと言っていました。ニューヨークにいる頃はなんだかんだで戦闘モードじゃないですか。スタジオもオフィスもある。ノヴァ・スコシアは彼の心を一番リラックスさせていた。ある種の感傷的なものもすべて受け入れていた。北海道は、完全なるホリデイ。
葛西 オフな状態ですよね。
—— 雪合戦をするなんとも可愛らしいフランクの写真は傑作です。愛しい瞬間を撮る。いつも同じ服を着ているフランクですが、北海道で靴を買った話が大好きです。
操上 フランクはいつも同じ靴を履いて踵を踏んでいるんです。ボロボロになっている。「フランク、靴を買いましょうよ」とずっと言っていたんですが、「いや、俺はこれでいい」といつも断られた。北海道にいった時も「そろそろ靴を買いましょうか」というと「俺はこれでいいんだ」と言うんですよ。僕が車を運転しているとたまたま靴屋があったんです。「ちょっと見に行こうよ」と誘いました。僕はいろいろな靴をフランクに勧めましたが、フランクは全然興味を示さなくて。最終的にフランクが自分で持ってきた靴が「よくそれを選んだねえ!」っていう一足、今まで履いていたものと変わらない靴だった(笑)。さすがフランクだね。フランクのフランクらしさというか。彼にとっては快適であることが一番大事なんだなってわかった。また、旅館に止まった時に、旅館は隣の小部屋かなんかに靴をしまうじゃないですか。朝に雪が降り、フランクは目が覚めたようで「靴がない」と。しかし旅館の人は誰も起きていなかった。フランクは裸足で雪の中をずっと散歩していったんです。「靴どうしたの?」と尋ねると。「靴がないんだよ」って。「でも靴がないなら裸足でいいよ」って。それがフランクらしさ。一緒に旅をしていて、深いものがありましたね。
—— 最後に操上さんと葛西さんにお尋ねしたいのですが、もし失踪するとしたら北に逃げますか、南に逃げますか?
操上 僕は北しか知らないからなあ。
葛西 北でしょうね。寒さは辛いですが、南でどうしたらいいかわからないですからね。
操上 生きていきやすいよ。北の方が。