【前編】BALMUDA・寺尾玄インタビュー[あの感動を取り戻すために](SWITCH 特集 うたのことば)

写真・ただ

小学校三年の夏に全身で浴びた風、旅先で食べた焼きたてのパン、ロッジで過ごす夜にゆらめく灯り。寺尾は、かつて自分が確かに感じた感動を一つの製品にとじこめて世に放つ。ミュージシャンとしての顔も持つ寺尾が新製品「BALMUDA The Speaker」に込めた思いとは

 

*本インタビューは「SWITCH Vol.38 No.6 特集 うたのことば」に掲載されたものです。本誌ではさらに「BALMUDA The Speakerができるまで」と題し、BALMUDAのデザイナーやエンジニアのインタビューを掲載しています。あわせてご覧ください。

 

 

—— 寺尾さんは以前から「バルミューダでスピーカーをつくるつもりはない」という発言をされていましたが、そこにはどのような思いがあったのでしょうか?

 

寺尾 これまでにもいろいろなところで話してきましたが、私はバルミューダを始める前の一時期、ミュージシャンとして活動していました。そのことは社内のみんなも知っていたので、会議で何度かスピーカーの企画が出ることもありましたが、その都度「それだけはやるつもりはない」と宣言してきたので、そのうちそんな声も上がらなくなっていきました(笑)。

 

なぜそれほどまでにやりたくなかったかというと、それは生演奏の偉大さを知っているからなんです。自分自身でも歌ってきたし、数々のミュージシャンの演奏を生で聴いてきましたが、生の音と録音された音ではまったく別のものだと感じていました。もちろん音楽を聴くことは大好きですけれど、やはりミュージシャンの生の熱量を知っているだけに、それを再現するのは不可能だと、そんな思いが私の中にずっとありました。

 

また、もし自分たちでつくるとしても、バランスの良い優秀なスピーカーというのは既に世に多く存在するわけで、それと同じようなものを目指しても意味がないし、そこに足を突っ込むのは泥沼だなとも思っていました(笑)。音に対しての自分なりのこだわりがとても強いことは自覚しているので、音づくりに夢中になって他のことを放り投げてしまうだろうと。だからこそ「スピーカーだけは絶対にやらない」と明言していたし、実際にそう思っていました。

 

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—— 普段、ご自身ではどのように音楽を聴かれているのですか?

 

寺尾 それが……ここ数年は車の中で聴くことがほとんどでした。今の話にも通ずるのですが、自分の満足の行く音で音楽を聴くには、アンプをはじめ様々なオーディオ機器を揃えなければいけない。実際にかつては家でも本格的なオーディオ機器を揃えていたのですが、場所も取るし、セッティングを細かく詰めたりすることにだんだんうんざりしてきて、「これならもう聴かない方がいいや」と思ってしまった。それからはPCやタブレットで、BGMとして割り切って聴いていました。でも、やはりそれでは自分が求める感動にはまったく至らないですよね。

 

音楽というのはその人の思い出に強く結び付いているもので、音楽によって記憶を呼び起こされることって多いじゃないですか。それも音楽を聴く喜びのひとつだと思うんです。でもそう思って聴いてみても、思い出の中の音のほうがいいんですよね。それで結局聴くのを止めてしまう。心から音楽を楽しむことが徐々に難しい状況になっていってしまったんです。

 

—— 音楽に対して強い思い入れとこだわりを持っているがゆえに、音楽を聴くことから離れていってしまった。そんなジレンマを抱えた寺尾さんの気持ちを変えたきっかけとはなんだったのでしょう。

 

寺尾 一人のデザイナーからの提案がきっかけでした。ある時のプレゼンで、ラジカセくらいの大きさのデモ機をデザイナーがつくってきたんです。両サイドにスピーカーが付いて、中央が空洞になっているものでした。そして曲を再生すると、空洞部分の脇に仕込まれたライトが音に合わせて光り出すんです。そして曲のサビになると、小さなミラーボールまで回り始めた(笑)。聴いたのはザ・ブルーハーツの「夕暮れ」という私の大好きな曲だったんですけど、これまで繰り返し聴いてきた「夕暮れ」が、その時ものすごく感動的に響いたんです。もちろんアーティストはそこにはいないけれど、甲本ヒロトの声を目の前に感じたんです。「なるほど、これはライブのステージなのか」と。それは、これまで自分が聴いてきた“音だけ”のスピーカーとは全く異なる音楽体験でした。これならいけるかもしれない、と。あれだけ頑なだった「スピーカーは作らない」という決心が、ものの三分で覆ってしまいました(笑)。

 

—— それは、いわゆる一般的な、純粋に音だけを聴く音楽リスニングとはどう異なるものだったのでしょうか。

 

寺尾 そもそもライブというのは、アーティストの存在はもちろんですが、ドラマチックなライティングが私たちの感動を助長させる大きな要因であるとあらためて気付かされた。それは大きな発見でした。ただ、その時のデモ機は実は「夕暮れ」の曲に合わせてライティングをプログラムしたもので、他の曲には対応していませんでした。アイデアはとても面白かったので、どうやってその機能に汎用性を持たせていくか、そこからはひたすら試行錯誤の繰り返しでした。

 

後編につづく

 

「BALMUDA The Speaker」についてはこちら!

 

寺尾玄 1973年生まれ。バルミューダ株式会社代表取締役。17歳で高校を中退し、地中海沿いの国々に放浪の旅へ。帰国後、音楽活動を開始。現社の前身であるバルミューダデザインを2003三年に設立

 

 

SWITCH Vol.38 No.6
特集 うたのことば

2020年5月20日発売
価格:1,000円+税