「でね、僕は、その中学では、凄い悪い奴と一緒にいた時期があったんです。そいつの兄貴は、ちょっとカタギではない感じだったんですけど。さらにそいつは、学校の一大勢力の不良と仲悪くて、いつも喧嘩してたんです」
「一匹狼的な人だ」
「格好良く言えばね。でも、そいつと一緒だと、『ユースケは本来真面目なのに、アイツといると良くない』ってことになって、中学三年年生のとき、強制的に転校させられたんです。前の学区の中学に」
「そこには小学校の頃の友達がいた」
「そう。三分の二は知ってた。かつ中学三年は、性の目覚めとかもあって、さらに転校生って目立つから、なんだかモテるんです。だから結構いい感じに、ワァーとなってました」
「さらに、前の学校で悪い人とも付き合いがあったから、不良っぽい雰囲気があって、目立っていたんじゃないですか」
「まあ不良というか、俺は短ランというのを着てただけなんだけど。当時は、『ビーバップ・ハイスクール』とか流行ってたし。でもね、そんな不良でもないんだ。いつも授業中寝てるし、いつも遅刻だし、髪の毛立てたりしてたからなんだけど。なんていうかな、ちょっとミステリアス」
「ミステリアス」
「高校の時もそんな感じでした。フェンシング部は坊主になりようがないと思って入ったら、一年坊主、二年角刈り、三年自由。だからサーベル持つ前に辞めました。それで、バンドをはじめたら、これがバッチリだったんです。これが学校以外の部活」
「髪型は自由だし」
「そう。片方だけ切りたいんだけど、わからないんで、こっちだけ切って、とんでもないアバンギャルドな感じになったり、いまじゃ考えられないけど、ウルフカットとか」
「音楽スタジオに入りびたる感じで」
「そうです。もうそこが学校だった。水を得た魚です。昼間からビール飲んでる先輩がいたりして」
「一方学校ではミステリアスで」
「みんなが授業しているところを、眠そうな俺が髪の毛逆立てて廊下を歩いてたり。別に悪ぶってるわけではなくて、ただ眠かっただけなんだけど。あとは授業中、先生にあてられて、ぼそっと面白いこと言ったら、みんながザワザワしたり。でもクラスの人気者って感じではないんです」
「あくまでミステリアス」
「そう、軽くミステリアス。俺は全然そんなこと考えてなかったんだけど。バンドやってるらしいとか噂になったりしていて。大分の大会で優勝したりしてたんで」
「どんな音楽だったんですか?」
「レッド・ウォーリアーズをパクったような、適当なオリジナルですよ。歌詞は俺が担当なんだけど、ライブ前に書いてきたとか言って、実は書いてなくて、その場で思いつきで歌うんです。いま思えば、軽くフリースタイルみたいな感じです」
「レッド・ウォーリアーズだと歌詞のキーワードは、薔薇とかワインとか」
「ワイルドチェリーとかね。今考えると、なんだかなって感じですよね」
「現実感がない」
「その後、バンドブームになって、『イカ天』とかで下手でもデビューできるんじゃないかって時代になり、三年くらいアマチュア活動してました。それで大分のライブハウスから、博多のライブハウスとパイプができて、博多でライブをやるようになります」
「博多ではどんなバンドがいましたか?」
「ちょっと上にアンジーとか。水戸華之介さんですね。あとは、ストーンズのカバーかと思ったらオリジナルだった、というようなバンドがいたり。それでね、初めて東京でライブすることになって、渋谷のラ・ママに行ったんです。その時の対バンが、ミスター・チルドレンだった。ボーカルは桜井さん。『歌うめーな! 俺ら勝てねえじゃん』って、でも、『演奏は勝ってんな』とか負け惜しみで言ってたんだけど。東京でライブやっても客五人とかで、やっぱ駄目だと思った。それで東京住まないとどうにもならないと思ってたら、バンドがうまくいかなくなって解散です。それで意味もなく上京します」
「意味もなく?」
「そう。有頂天のケラさんが格好良くて、バンドやって劇団やってて、髪の毛立てて。俺も劇団に入ろうかとも思ったんだけど、いま思うと入らなくて良かった」
「東京は最初、どこに住んだんですか」
「渋谷、新宿は高いだろうと。で、豪徳寺が響きがいいなって」
「ご・う・と・く・じ」
「永井豪さんの豪でもあるし。格好いいなと。それで豪徳寺の駅を降りてすぐの不動産屋に入って、物件まで歩きましょうってことで、ずいぶん歩いて行った先が下高井戸でした。どんだけ歩いたんだっていう。赤堤の狭いワンルームでした」
「もう豪徳寺ではない」
「はい」
「そこを拠点に活動を?」
「活動というか、結局、一日一万円の週払いの警備員のアルバイトをやって、あとは大分に帰りたくて、お金が貯まったら帰ってました」
「せっかく上京したのに?」
「とにかく東京で暮らしてみたかったんです。修学旅行で来て憧れてたから」
「どのくらいの割合で、大分に帰省してたんですか」
「二週間に一回くらい」
「頻繁ですね」
「はい。そんな生活を数カ月してたら、芸能活動していたバンドの女友達から突然電話があって、『メジャーデビューが決まったバンドの人たちがボーカルを探してて、紹介しといたから』って。事後報告ですよ。それで、リーダーの人に会ったら、すぐ決まったんです」
「オーディション?」
「オーディションといっても、ちょっと喋っただけなんですよ」
「どんなことを」
「好きな体位とか訊かれたくらい」
「あれ」
「そのバンドのリーダーは、名の知れたバンドをやっていたんだけど、最終的に、お金で揉めたと。だから今回は人間性を見て決めるということでした。でもスタジオに入ったら、俺のボーカル力に度肝を抜かれてました」
「凄いぞ! って?」
「いや、ここまで音域が狭いのか! って、そんなこんなで現在に至ります」
その後のユースケ・サンタマリアさんは、テレビに映画に、大活躍。でも、もうちょっと話してみます。
「大分の実家には帰ってますか?」
「とんと帰ってないです。この間、弟の結婚式で久しぶりに帰ったけど、実家には寄っていないです。マンションだし、部屋はかあちゃんの着物置き場になっているんで、人ん家のニオイで、懐かしさもない」
「やっぱり東京が良い」
「住むには東京が最高です。仕事場も近いし。大分はもう、帰る感覚ではなくて、ちょっとお邪魔するみたいな感覚です」
ユースケさんには、事前にリクエストして、大切にしているものを持って来てもらっていました(写真に写っている白い馬の置物)。
「馬です。家に飾ってる」
「どこで手に入れたんですか?」
「軽井沢でふらっと入った雑貨屋で買いました。触って気づいたんだけど、木彫りだった」
「粘土か、石の彫刻みたいで、ぱっと見、木に見えない」
「そうなんです。馬は幸運を呼ぶっていうじゃないですか。ハッピーホースっていうくらいだから。俺に幸運をくれとまでは思わないけど。それから馬の雑貨をもらったりして、コレクターではないけど、家に馬の置物が何体かあります。これは白い家具の上に置いてあるので、家具と同化してます」
「本物の馬も好きですか?」
「本物の馬だと困るでしょ、家で飼えないし。あと馬は番組で一回乗ったことがあります」
「どこで?」
「東京の代々木にある乗馬クラブで」
「明治神宮のところだ」
「そうです」
「乗れましたか?」
「馬はケンタウルスのイメージがあって、馬の背骨が俺の背骨に合体しているイメージで乗ったら、すぐに乗れました。そしたら『最初から乗れる方なんていませんよ、ぜひうちに来てくださいって』言われまして」
「それで通いはじめた?」
「いえ。バカみたいに値段が高いの。そこにいるのは、金持ち風の、普段は見ないような人ばかりでした」
「他に動物は?」
「犬を飼ってます。馬もそうだけど、人間に忠実じゃないですか。基本的に友好的ですよね。そういう動物が好きです。馬も目が優しい。猫もいいけど目が怖いでしょ、ちょっとぶっとんでたり。人間もそんな感じで目を見て判断します」
ユースケさん、休みの日はなにをしているのか、気になって訊いてみました。
「休みの日は、なんにもしてないです。一日中掃除をしたり、ひきこもりではないけど家から出ない。温泉とかにも行かない。温泉よりも入浴剤を探したりしてます」
「本当に温泉が苦手なんですね」
「湯あたりするんですよ。みんな温泉に行くと、普段やらないような入り方するでしょ。本当の湯治は、初日三分、翌日五分、七分、十分、一週間くらいで体を慣らして入るんです」
「さすが大分ですね。湯の入り方に詳しい」
「でも俺は、温泉入ると体調を崩しちゃう、体に悪いんじゃないかって」
「お酒は?」
「お酒は飲みません」
健康に気を使わないで、使っているような健康法なのでしょうか。最近は映画『あゝ、荒野』で、ボクシングのトレーナーを演じるため、ボクシングジムに通っていたそうです。しかし「ボクシングは腰を悪くします」と話していました。その後、白い置物の馬を持ちながら写真撮影をしていると、「それにしても、この馬がこんな活躍する日が来るとは思わなかった」と話していました。わたしは、ユースケさんの放つひと言がどんどん面白く思えてきて、きっと高校時代のミステリアス感は、このような感じだったのではと思いました。さらに「温泉嫌いだ」「海が嫌いだ」と話しているけれど、それは斜に構えているわけではなく、ヘンテコな真っ直ぐさがあり、それがユーモアにもなっていて、そこにもミステリアス感がある。つまり、ユースケさんの魅力は、得体の知れないミステリアス感なのではないかと思ったのです。
ユースケ・サンタマリア 1971年生まれ、俳優、タレント。2000年ドラマ『花村大介』で連続ドラマ初主演。音楽バラエティ番組『桑田佳祐の音楽寅さん ~MUSIC TIGER~』で人気を博する。05年公開の映画『交渉人 真下正義』で映画初主演、第二十九回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。08年は初監督ショートフィルム作品『R246 STORY-弁当夫婦-』、最新映画は『泥棒役者』公開中
戌井昭人 1971年東京生まれ、作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の旗揚げに参加、脚本を担当。『鮒のためいき』で小説家デビュー、2013年『すっぽん心中』で第四十回川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第三十八回野間文芸新人賞を受賞。最新刊は『ゼンマイ』