家飲みのお供に最適なのが映像作品。お気に入りの作品を観ながらの1杯は格別だ。そこで今回は、映画やドラマの衣装を幅広く手掛けるスタイリスト・伊賀大介に登場願い、彼の家飲みスタイルとともに、これまで観た映像作品の中から印象的だったお酒をチョイスしてもらった
TEXT: HIGASHIYA MASAYOSHI
INTERVIEW 伊賀大介
偽電気ブランとミントジュレップ
お酒は何でも飲みますが、最近の家飲みスタイルというと、このところ暑くなってきたのもあって、安い白ワインに氷を入れて飲む「プール」ですかね。パリに何十年も住んでいる人から聞いたんですが、フランス人にはポピュラーな飲み方のようです。氷が浮いていて泳いでいるようなので「プール」って呼ぶらしいです。
映像作品の中の印象的なお酒というと、まず思い浮かぶのが湯浅政明監督のアニメ映画『夜は短し歩けよ乙女』の“偽電気ブラン”です。元々、僕は原作の森見登美彦作品が大好きで、デビュー作から全部読んでいますが、このアニメ版も面白い。主人公の「黒髪の乙女」が夜通し京都の街を飲み歩きながら、『ハーメルンの笛吹き男』のようにいろいろな人を巻き込んで、次々と事件が起きていくんです。そこに登場するのが偽電気ブラン。
電気ブランは浅草の「神谷バー」の名物カクテルですが、偽電気ブランはそれとは違い、現実には存在しません。味も電気ブランとは全く違うという描写があり、昔のアブサンのようなちょっと危険なお酒として描かれています。そんなお酒を「黒髪の乙女」がめちゃくちゃ美味そうに飲むシーンが記憶に残っています。
実はこの偽電気ブラン、同じ森見作品の『有頂天家族』にも登場します。『パルプ・フィクション』や『キル・ビル』などクエンティン・タランティーノ監督作品の多くに出てくる“レッド・アップル”という架空のタバコブランドがあるのですが、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』ではエンドロールでレオナルド・ディカプリオが出演するレッド・アップルのCMが流れます。それがファンにとっては堪らない。森見作品の偽電気ブランは、それに近い存在だと思います。
次は、バズ・ラーマン監督作品『華麗なるギャツビー』に出てきた“ミントジュレップ”。ロバート・レッドフォード主演の1974年版も好きですが、これも良い。舞台となった1920年代が僕は大好きで、この時代のファッションを学ぶのにもお勧めの作品です。ちなみに衣装はプラダやミュウミュウ、ブルックスブラザーズ。第2次世界大戦前の1番楽しい時代ですね。
ミントジュレップは日本ではそんなに飲まれないですけど、あの作品を観ると真似をしたくなりますね。そもそも僕はカクテルに慣れ親しんだ生活をしてこなかったので、バーでの所作は映画から知識を吸収しました。例えばマティーニって未だにハードルが高いじゃないですか。サンダル履いてマティーニは頼めない。それに比べ、モヒートやミントジュレップはカジュアルな服装でもギリギリ行けるかと。この映画を観た後、何度かバーに行って飲んだのを覚えています。他には、僕、韓国映画が大好きなんですが、とにかく酒を飲むシーンが多い。『悪人伝』などは飲み会のシーンがラテンっぽい感じで面白い。
こうやって考えると、僕が好きなのって乱痴気なシーンですね。1人静かに飲むのではなく。今はそういうことができないので、余計に求めるのかもしれない。落ち着いたら、みんなと楽しく飲みたいですね。
伊賀大介
1977年東京都生まれ。1999年よりスタイリストとして活動開始。雑誌、PV、広告の他、『竜とそばかすの姫』、「大豆田とわ子と三人の元夫」など映画やドラマ、舞台の衣装も手掛ける
伊賀大介が選んだ、お酒が印象的な作品
REPLAY THE SCENE
セレクトされた映像作品の中に登場する2種のお酒を2人のバーテンダーが見事に再現。その作り方を指南してもらった。カクテルなんて無理と尻込みせず、レシピを参考に作ってみれば、家飲みの楽しみが拡がること間違いなし
偽電気ブラン
INSPIRED BY『夜は短し歩けよ乙女』
お腹の中が花畑になっていく
主人公の「黒髪の乙女」が「ああ、飲んでみたいものです」と憧れる“偽電気ブラン”は架空のお酒。ところが、それを飲める店がある。京都発祥で現在、全国に44店舗を展開するbar moonwalkだ。店名からもわかるように、作中冒頭に登場するバー「月面歩行」のモデルとなった店で、原作者の森見登美彦が学生時代に四条木屋町店に通っていたという縁から、本作品公開時に登場人物をイメージしたカクテルをつくることになったという。「先輩」「黒髪の乙女」「パンツ総番長」など7種を考案した際、“偽電気ブラン”を大量に所有するという設定のキャラクター「李白」のイメージでつくったのが、現在は“偽電気ブラン”と名称変更したこのカクテル。飲んでみると、ほんのり甘く爽やかな印象。まさに「お腹の中が花畑になっていくような」飲み心地だ。
同店では約500種類のカクテルを提供しており、メニューを開くと全てのレシピを見ることができるが、唯一の例外がこの“偽電気ブラン”。今回はこれまで非公開にしてきたレシピを特別に公開してもらった。意外な組み合わせの素材が絶妙に配合されている。各材料を表記の割合で氷と共にシェークし、ワイングラスに氷ごと注げば黄金色の神秘的なドリンクが完成する。シェーカーのある家庭は少ないので、ステアでトライしてみよう。
ミントジュレップ
INSPIRED BY『華麗なるギャツビー』
ケンタッキーの青空を目に浮かべながら
ストーリーも後半になり、NYのホテルでついにトム・ブキャナン(ジョエル・エドガートン)とジェイ・ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)が直接対決する。2人が言い争っている時にトムの妻デイジー(キャリー・マリガン)が飲んでいるのがこのカクテル。この後、彼らの運命が大きく動いて行く。
ミントジュレップは1800年代から飲まれているカクテル。ケンタッキーダービー・フェスティバルのオフィシャルドリンクとして知られており、前日のケンタッキーオークスも含めると観客は2日間で8万杯以上(!)飲むという。一般的にはオフィシャルスポンサーであるウッドフォードリザーブが使われることが多いが、他のバーボンでもOK。大振りのロックグラスにフレッシュミントの葉とガムシロップを入れ、バースプーンで葉を押すようにしっかりステア。クラッシュアイスを詰め、バーボンを注ぐ。ステアした後ミントの葉を飾れば完成。ソーダを加えても良い。クラッシュアイスは氷をジップロックに入れて硬い物で叩いて作ろう。
ところでなぜ、あのシーンでデイジーがミントジュレップを飲んでいたのかというと、彼女がケンタッキー州ルイヴィル出身という設定だったため。自宅でルイヴィルの青空を想像しながらつくるのも一興だ。