音楽家レイ・ハラカミの没後10年を迎えた今年、日本科学未来館はハラカミが作中音楽を手がけたプラネタリウム作品「暗やみの色」(2005)を約1カ月間にわたってリバイバル上映した。同作は当時テクノ/エレクトロニカのジャンルで活躍していたハラカミをはじめ、ナレーションにクラムボンの原田郁子、作中に谷川俊太郎の詩を盛り込むなど、ジャンルを超えたさまざまなカルチャーを融合させ、宇宙の暗やみが持つ神秘を表現している。この科学と芸術の融合による新たな世界観の獲得を目指した特別プログラムの再上映を記念して開催された原田、谷川(オンライン参加)、そして企画・プロデュースを担当した森田菜絵によるトークイベントの一部をレポートする。
トークのテーマは「『暗やみの色』から生まれることば」—— 。
空間を作るように音を描く
—— 谷川さんが科学の情報をきっかけに言葉を紡がれるように、原田さんもご自身が聴く音などから影響を受けることはあるのでしょうか。
原田 小学校に入る前に住んでいた団地で、母親たちが「みみをすます会」という、谷川さんの本から名前をお借りした絵本の読み聞かせの会をやっていたんです。「かっぱ かっぱらった とってちってた」(*編集注:『ことばあそびうた/谷川俊太郎』収録の詩「かっぱ」より)とか、そういうフレーズも音で覚えて、歩きながら言っていたり。あとになって、それが谷川さんの詩であることや、そうした本に載っているものなんだと知りました。文字も音だっていうことが先に体感としてあるから、それはおそらく音楽をやっていることにも影響していると思います。
—— 原田さんは詞と曲はどちらから作られることが多いですか。
原田 どっちもあります。リズムやテンポからということもあるし、ある“空間”、私以上にハラカミさんはそういうことをやられてきた方ですけど、何もない場所に何を置いていくか。奥行きや高い低い、音階やリズムを自分で絵を描くように置いていくことで、ある一つの空間が出来てきて、そこに自分が入ることができる。音って見えないからうまく言えないんですけど、その中に入ると、包まれる、守られるような。だから「言葉」っていう風には分けられない。そしてそこには時間軸があるから、「あ」って言った後、次にどんな音が聞こえてくるかで、見えてくるもの、受け取り方が違ってくる。そういうことを空間ごとやろうとしているのが、音楽なのかなと思っています。
谷川 僕は昔から音楽の方がえらいと思っている人間なんです。言葉は意味に囚われてしまうからね。もちろん言葉がなければ人間は生きてはいけないのだけれども、無限とか永遠といったイメージを喚起させるのは言葉ではなく、音なんですよね。特に良い音楽を聴くと、どんな小説や詩を読むよりも、自分が違う宇宙に行けるという感じがずっとしているんです。だからうまく話せないっていうことが、音楽の本質ですよね。
原田 そうなんですよね。
森田 すごくイメージが湧きました。その後当時のレーベルからCDで「暗やみの色」を音源化する際に、小鐵徹さんという著名なマスタリングエンジニアの方にご参加いただいたのですが、ハラカミさんと小鐡さんが見えない音と音で繋がっているような感じで作業を進められていて。実はその時に出来た音源と、プラネタリウムで流れている音源とでは原田さんの朗読がちょっと違っているんです。「せっかく一息で読んでくれたのに、間合いとかずらしちゃったら原田さんと谷川さんに怒られるかな」とハラカミさんはおっしゃっていたのですが、そのほんのわずかなズレへのこだわりこそがハラカミさんの世界なんだなと思った記憶があります。今のお話を聞いてその時のことをあらためて思い出しました。原田さんは先日のライブで、初めて「闇は光の母」を楽曲として演奏されたんですよね。
原田 はい。「闇は光の母」は、プラネタリウムの演目では途中からハラカミさんの音が重なってくるんですけど、サウンドトラックだと朗読と音楽のパートが分かれていて、丸裸にされたようですごく恥ずかしいんですよね、自分としては。でも、読んでみたいなとふと思って。このプラネタリウムの後に「銀河」という曲を忌野清志郎さんと作らせてもらったのですけど、何かそこにつながっている気がして、「銀河」の曲の途中で即興的にピアノをぽんぽんと弾きながら、初めてやってみました。これからも時々読ませてもらえたらなと思っています。
今後の活動について
—— 科学の新しい発見や進歩というものは私たちの世界観を変えてくれます。それと同時に表現というものもまた、私たちの世界観を変えてくれるものです。谷川さんも原田さんも、この先私たちの心を動かし続けてくださると思うのですが、今後の活動について教えていただけますか。
原田 その答えとは少しずれてしまうかもしれませんが、飛行機に乗っていて雲の上に出た時のあの開放感が小さな頃から好きなんです。街がだんだん離れていって、自分がどこでもないところにいるような感覚というか。このプラネタリウムに関わらせてもらって、「闇は光の母」という詩を読んだことで、自分の外側にもうひとつの視点が生まれた気がします。普段見えている世界の向こう側に、具体的に近づくことができたような、もう少し遠くまで行ける道ができた。それはものを作っていく上でも、日々の生活の中でも、ずっと体の芯にあるんだと思います。
谷川 今、日本だけじゃなくて世界的に言葉というものが有り余っている感じがするんですよね。特にSNSやショートメッセージみたいなものが氾濫しているでしょう。それでなにか、言葉の値打ちがすごく下がっている気がするの。詩もその影響を受けるので、僕が今目指しているのはできるだけ少ない言葉で詩を書くということなんですね。
言葉の存在意義に挑戦するというのかな。「かっぱ」のような音韻をメインにするのでも、言葉の意味に頼るのでもなく、そういったものとは違う言葉のあり方のようなものを詩という形で書くことを試みているのですが、なかなかうまくいきませんね。言葉の意味を薄めようと思っても、どうしても意味に流れていってしまうんですよ、言葉って。
そうした意味では歌とか肉声の方が活字になった言葉よりもはるかに広がりがあると思うので、僕も歌が歌えればよかったなと思うんですけど、なかなかそうはいかないですよね。ただ、言葉というのはいくらでも広がる宇宙だという思いがありますから、言葉を通してだったらこれからも色々なことをやっていきたいという気持ちがすごくあります。
原田 楽しみにしております。
森田 楽しみです。
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イベント後、原田郁子さんより本記事のためにコメントをいただきました。
2005年上映の時は、自分のナレーションで大丈夫かなと思ったり、気恥ずかしさもあったりで、どこか冷静に観ることができなかったのですが、今日はもう少し客観的に観ることができました。
「普段プラネタリウムを観にこない方にも足を運んでほしい」という森田さんや未来館の方々の思いがあって、ハラカミさんの音楽が生まれて、谷川さんの詩が生まれて、私はナレーションをさせてもらって、これはかなり挑戦的な顔合わせ、コンテンツだったんだろうなと改めて思いました。
映像表現についても、「MEGASTAR-II cosmos」という当時ギネスブックにも載った最新の装置でしたが、2021年の今見るとどこか懐かしくもあり、それが良かったです。デジタルや3D技術が発達した現在では、また違った表現になるんだろうなと思ったりしました。
谷川さんとも久しぶりにお会いできて、まだまだいろんなお話を伺いたかったです。初対面は未来館の対談でしたが、「先生って呼ぶのはやめてね」とおっしゃって、気さくに話してくださり、ワインを一緒に飲んで、帰りは谷川さん、森田さん、私と並んでゆりかもめに乗って帰りました。鋭い感覚、好奇心をお持ちで、常識にとらわれず、ロックな一面も垣間見ることができて、お会いできると嬉しいです。ハラカミさんの「暗やみの色」が鳴るなかで、今日は楽しく豊かな時間でした。ありがとうございました。
谷川俊太郎
詩人。1931年東京生まれ。1952年第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。1962年「月火水木金土日の歌」で第四回日本レコード大賞作詩賞、1975年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、1982年『日々の地図』で第三十四回読売文学賞、1993年『世間知ラズ』で第一回萩原朔太郎賞など受賞・著書多数。詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表している。
原田郁子
1975年福岡生まれ。1995年にバンド「クラムボン」を結成。歌と鍵盤を担当。バンド活動と並行して、さまざまなミュージシャンとの共演、共作、ソロ活動も精力的に行い、舞台音楽、CM歌唱も多数ある。ソロアルバムは『ピアノ』『気配と余韻』『ケモノと魔法』『銀河』を発表。2010年、吉祥寺の多目的スペース&カフェ「キチム」の立ち上げに携わる。
http://www.clammbon.com
森田菜絵
1976年東京生まれ。大学卒業後、テレビ番組制作会社を経て、2004年より日本科学未来館にてMEGASTAR-Ⅱcosmosのコンテンツ企画に携わる。「新しい眺め」「暗やみの色」「偶然の惑星」「BIRTHDAY」「夜はやさしい」など。2010年より渡蘭、V2_Institute for the Unstable Mediaにて研修。2012年、株式会社マアルトを設立。現在、プロデュース作「ハナビリウム」が全国で上映中。
トークイベントの模様をアーカイヴ配信中!
日本科学未来館の公式Youtubeチャンネルでは本イベントのアーカイブを8月20日まで公開している。ぜひこの機会をお見逃しなく。
日本科学未来館とは
東京・お台場にあり、観光スポットから足を延ばして、気軽に科学・技術に触れることのできる場所。展示をはじめ、トークセッション、ワークショップなど多彩なメニューを通し、日々の素朴な疑問から最新テクノロジー、地球環境、宇宙の探求、生命の不思議まで、さまざまなスケールで現在進行形の科学技術が体験できる。
https://www.miraikan.jst.go.jp