ウイスキーの馥郁たる香りや琥珀のような色は樽によって育まれる。果たして、樽の種類によって味わいにどのような違いが出るのか? ウイスキーの生き字引とも呼ばれる「目白田中屋」の店長、栗林幸吉がDJ/プロデューサーの田中知之(FPM)にレクチャーする
TEXT: NISHIDA YOSHITAKA
#1 アメリカンポップなバーボン樽
栗林 ウイスキーは“生まれ”と“育ち”がとても大事で、香りや味への影響については、原料を仕込んで蒸溜するまでの生まれの部分が3割、樽で熟成させる育ちの部分が7割といわれます。単純に時間で見ると、蒸溜までが2週間から1カ月程度で終わるのに対して、その後は数年から10年以上、長いものでは30年も50年も熟成させます。絵画でいえば蒸溜までがデッサンで、樽での熟成は色付けのようなもの。音楽でいうと作曲までが蒸溜で、樽熟成がアレンジといえるかもしれません。
田中 無色透明のニューポットが原曲だとしたら、それをどう編曲して楽曲として表現するか。そうしたアレンジが樽での熟成なのですね。
栗林 ウイスキーの熟成樽ですが、アメリカのバーボンウイスキーでは新樽が必ず使われ、スコットランドなどでは伝統的にシェリー樽やバーボン樽が主に使われます。新樽は少し強烈なので、今回はまずバーボン樽で熟成したものから飲みましょう。ボトラーズブランドのシグナトリー・ヴィンテージがリリースする「ベンネヴィス」。バーボン樽で十年間熟成させたスコッチのシングルモルトです。
田中 薄い色合いで、飲むとポップな印象ですね。
栗林 スコットランドには豊かな森がなくて木材が乏しく、伝統的にスペインのシェリー酒やアメリカのバーボンの空き樽をウイスキーの熟成に使用してきました。特にバーボンは1964年から新樽での熟成が義務付けられていて、アメリカで出る大量の空き樽がスコットランドに入ってくるようになったんです。バーボン樽の材質は北米産のホワイトオーク。タンニンが少なめなので味わいの印象はハイトーン。バーボンを払い出した後に樽の内側を焦がす“チャー”という処理をすることで、バニラやナッツのような香りが出てくるのが特徴です。
田中 確かに高音の伸びがいい。バニラのような甘さも感じますね。
栗林 先ほど田中さんが表現されたように、ポップでどこか親しみやすい。音楽でいうとマルーン5のようなイメージでしょうか。
田中 なるほど、よくわかります。誰にでも好かれそうな味わいで、美味しいですね。
SELECTED by TANAKA TOMOYUKI
- ♪「This Love」(feat. Devi-Ananda)
Scott Bradlee’s Postmodern Jukebox
スコット・ブラッドリー率いるセッショングループによる、
マルーン5のヒット曲のビンテージ風味なジャズカバー
#2 癒やし系でリッチなシェリー樽
栗林 次はシェリー樽熟成のものを。「グレンドロナック」18年を中心に、「タムデュー」12年、さらには「レッドブレスト」25年を飲み比べてみてください。
田中 僕が20歳の時に初めて飲んだシングルモルトが、ザ・マッカランとグレンドロナックでした。友人のバーテンダーから「この二つの蒸溜所だけ覚えておけばいい」と言われて。久しぶりに飲みましたがやっぱり美味い。「タムデュー」12年も味わいはリッチですが、「グレンドロナック」18年になると大物感が出てくる。「レッドブレスト」25年までいくとこれはまた別物ですね。
栗林 シェリー樽で熟成させたウイスキーの特徴は、よくドライフルーツやカカオのような香りと表現されます。どちらかというと癒し系の香味で、熟成を重ねるにつれてリッチな感じになっていく。とはいえウイスキーの熟成というのは、単純に香りや味が増えていくだけではありません。大雑把に言うと20年くらいまでは、バニリンなどの樽材成分が原酒に付与されていきますが、それ以上になると今度は無駄なものが削ぎ落とされていくんです。
田中 樽のなかのウイスキーは熟成中に目減りしていくんですよね。
栗林 いわゆる“天使の分け前”で年に数%ずつ蒸散していくのですが、その時に大事なのは、熟成中の原酒が樽などから得たものを凝縮しながら、いらないものを切り捨てていくこと。人も同じですが、何も得られずに切り捨てるだけだとダメな年寄りになってしまう(笑)。
田中 なるほど、同じシェリー樽でも、熟成年ごとに飲み比べてみると、凝縮された味わいというのがよくわかります。
SELECTED by TANAKA TOMOYUKI
- ♪「Mellow Yellow」
Donovan
ドノヴァン4作目のアルバムから。メローイエローは
ロックグラスに注いだウイスキーの色ではないかと
#3 フレンチポップな赤ワイン樽
栗林 では、次は赤ワイン樽にいきましょう。多くのウイスキーの蒸溜所で赤ワイン樽が熟成に使われるようになったのは、比較的最近の傾向です。まずは「山崎」のボルドーワインカスク2020エディションを飲んでみてください。
田中 バーボン樽熟成ともシェリー樽熟成とも違う、少し甘酸っぱい香りがしますね。
栗林 毛色は違いますがこれもポップでチャーミングですよね。チェリーのような香りからイメージするのはフレンチポップ。ワイン樽に主に使われるフレンチオークはタンニンの含有量が多く、独特の渋みが出ることもあるのですが、これはとても華やかでキレイにまとまっています。
田中 飲むとまさにフレンチポップだ(笑)。日本の山崎なのに邦楽にならないのが面白いですね。
栗林 「イチローズモルト」のワインウッドリザーブも飲んでみてください。僕のイメージでは、山崎が一千万人に好まれるメジャーなアーティストだとすると、インディーズシーンで10万人を熱狂させるのがイチローズモルト。同じ赤ワイン樽を使っていてもまったく違いますよね。
田中 キレイに角が取れたような味わいの山崎に対して、イチローズモルトの方はタンニンが効いていて、どこか尖った感じも。なるほど、このインディーズ感もいいですね。
SELECTED by TANAKA TOMOYUKI
- ♪「残酷な天使のテーゼ」
Clémentine
「新世紀エヴァンゲリオン」のかの名曲もクレモンティーヌが
フランス語で唄えば立派なフレンチポップに
#4 ミズナラ樽はお寺の朝の香り?
栗林 ウイスキーを熟成させる樽に使われるオークは、日本で言うナラの木です。ミズナラ(水楢)というのは日本固有のオークのこと。為替などの関係もあって外国から樽を輸入するのが難しくなった戦中から戦後にかけて、サントリーが見つけてウイスキーの熟成に使うようになったのがミズナラ樽でした。ミズナラというだけあって水が漏れやすく、樽にできる材を選ぶのも樽をつくるのも大変なのですが、ミズナラ樽で熟成したウイスキーにはとても特徴的な香味が付与されます。「イチローズモルト」のミズナラウッドリザーブを飲んでみてください。
田中 独特ないい香りですね。ストレートもいいですが、ロックで飲みたいウイスキーかもしれません。
栗林 少し時間を置くとより出てくる香りがあるのですが、実家がお寺だというバーテンダーさんがその香りをかいで「これは私の実家の匂いです」って(笑)。
田中 お香ということですか。なるほど、やっぱりミズナラは邦楽になるんですね。
栗林 お寺の朝をイメージさせるような香りですね。
田中 最後の方にもふわりと和の香りが。これは面白いですね。
SELECTED by TANAKA TOMOYUKI
- ♪「Matsuri No Genzo」
Hideo Shiraki with 3 Koto Girls
1965年発表のモーダル・ジャズの名盤『Sakura Sakura』からの1曲。
トランペットは日野皓正
#5 ロックンロールな新樽熟成
栗林 最後は新樽のバーボンウイスキーを。先ほども話しましたがバーボンウイスキーは法律で新樽しか使えませんから、ここで使われた樽がスコットランドなどの海外に渡って、ボップなバニラ系のウイスキーを育む樽になるわけです。それではまず「ウッドフォードリザーブ」のダブルオークドからいきましょう。新樽で熟成させた通常のウッドフォードリザーブを、さらにオリジナルのホワイトオークの新樽で熟成させたバーボンウイスキーです。
田中 これまでのウイスキーとは別世界ですね。凄く甘くてパンチがある。甘いラムのようです。
栗林 デビューしたばかりで演奏もガンガンなロックミュージシャンというところでしょうか。新樽の特徴は、木を焦がしたような香りとバニラのような甘いフレーバー。樽の内側を強く焼くのでしっかりとタンニンも出てきます。口の悪いスコッチファンの中には、バーボンの熟成のことを「スコッチウイスキーのためのアク取り」なんて言う人もいますが、僕から言わせればやんちゃだったヤツほど年を取ると美味しくなる。そんなバーボンも持ってきたのでぜひ飲んでみてください。「エヴァン・ウィリアムズ」の23年です。
田中 これは凄い。とろけるようなタンニンが感じられて、力強さもある。喧嘩はいまだに強そうですね。
栗林 アメリカロック界の超大御所、ブルース・スプリングスティーンのようなイメージでしょうか。星の数ほどいた同世代のミュージシャンのなかで、輝き続けることができるのは彼のような一握りのミュージシャンだけ。ウイスキーも同様に、20年、30年、40年と長く熟成させるのは、特別に選ばれた樽だけなんです。最後に、バーボン樽で30年熟成させた「グレンロセス」と、ミズナラ樽で20年以上熟成させた「山崎」も飲んでみてください。
田中 香りや味はもちろん素晴らしいですが、どちらも年を重ねているのに若々しい印象すら感じます。
栗林 長い熟成を経ても枯れることなく、凝縮されて本質が残っていく。樽のなかでそうして育つから、ウイスキーは美味しくなるんです。
SELECTED by TANAKA TOMOYUKI
- ♪「Matte Kudasai」
King Crimson
この曲のボーカル(ギターも)はエイドリアン・ブリュー。
ロックンロールな作法もわかった上での、スローなバラード。円熟
GIFTS FROM BARREL
ウイスキーを飲む時、その味わいの中に樽の影響を感じてみる。どんな環境で、どんな樽で、どんな人たちに見守られて熟成されたのか、思いを馳せてみよう
最果ての地が育む、完璧なバランスのウイスキー
ヴァイキングの影響が色濃く残るスコットランドの最北部、大小70あまりの島々からなるオークニー諸島。そのうち最大の島であるメインランド島のスキャパ湾を一望できる高台に、1789年に建てられたハイランドパーク蒸溜所。大麦を床に広げてシャベルで漉き返しながら発芽させるフロアモルティングなど、近年ではあまり見られなくなったスコッチの伝統製法を現代に伝える希少な蒸溜所だ。この島で採れる独特の香り高いピートと伝統のシェリー樽熟成がもたらすのは、心地良く穏やかな“スモーキー&ハニー”。そんなハイランドパークの美点をあますことなく味わえるのが「ハイランドパーク18年 ヴァイキング・プライド」だ。ハチミツに漬けたフルーツや花のような香り、熟したジャムやトフィーを思わせるリッチなスイートさのなかに、温かなスパイスも感じられる。オークニーの冷涼で厳しい気候で長い年月をかけて磨かれた、ストレートはもちろんロックでも楽しめる完璧なバランスのハイランドパークだ。
一方の「ハイランドパーク ツイステッド・タトゥー」は、ファーストフィルのバーボン樽とスペインのリオハワイン樽で、それぞれ16年以上熟成させた原酒をヴァッティングしたユニークな一本。バーボン樽に由来する甘いバニラとリオハワイン樽がもたらすフルーティなフレーバー、アロマティックなピート香が渾然一体となって広がる魅惑的なシングルモルトだ。
親しみやすいシングルモルトとトロピカルなアイリッシュ
かつては多くの蒸溜所が操業したスコットランドのアラン島。しかし最後の蒸溜所が1837年に閉鎖。以来、長きに渡って途絶えていた島でのウイスキーづくりを、約150年ぶりに復活させたのがアラン蒸溜所だ。1995年から稼働する蒸溜所は、独立資本で当初からシングルモルトのみを生産。現在では世界中に広がるクラフト蒸溜所のいわばパイオニア的存在だ。様々な樽を使った熟成にも定評があるが、エントリーモデルの「アランモルト バレルリザーブ」を飲めばその実力がよくわかる。熟成に使われるのはファーストフィルのバーボン樽のみ。フレッシュな柑橘やバニラの香りと、フルーツやオーク、スパイスなどの軽快なハーモニーが楽しめる、まさにポップで親しみやすいシングルモルトだ。
対する「バスカー」は、2016年にアイルランドのカーロウで操業を開始したロイヤルオーク蒸溜所のウイスキー。同蒸溜所はアイルランドで唯一、シングルモルトとシングルポットスチル、シングルグレーンの3タイプの原酒をつくることができる蒸溜所で、「バスカー」には中でも香味が豊かなシングルモルトとシングルポットスチルを高比率でブレンド。バーボン樽とシェリー樽、シチリア島でつくられる酒精強化ワインのマルサラワイン樽の3種を熟成に用いることで、トロピカルフルーツやアニスなどのスパイス、ダークチョコレートなどの重層的なフレーバーを楽しめる一本となっている。
撮影協力/水楢佳寿久 東京・六本木にあるバー。ミズナラのカウンターの奥、見事なバックバーには常時2,500本を超える幅広いセレクトのボトルが並ぶ。フードメニューも充実している。