2月15日に刊行された文芸誌『MONKEY vol.26 特集 翻訳教室』は、数多の英米文学作品の翻訳を手がけてきた柴田元幸が、豪華ゲストとともに「翻訳者の机上・脳内で起きていること」をとことん検証した“翻訳”特集です。
ここでは、その刊行を記念して2月23日にオンラインで開催した柴田元幸によるトークイベントでのQ&Aを、WEB用に編集し2回にわけて公開します。
トークイベントのゲストは、シンガーソングライターで中国文学翻訳家としても活躍する小島敬太。柴田元幸と共編訳した『中国・アメリカ 謎SF』を昨年出版し、今号には「翻訳実践演習」の“生徒”の一人として参加しています。
2人には当日答えきれなかった質問にも追加で回答を寄せてもらいました。当日参加された方はもちろん、参加できなかった方も、2人の“声”をぜひお楽しみください。
WEB特別追加質問コーナー②
イイベント当日、時間の都合上お答えできなかった質問に、WEB限定で特別に2人が回答します。
Q. お二人の翻訳スタイルについてお聞きしたいです。たとえば主人公がイライラしていると自分もイライラしてしまうなどの憑依型、または書かれていることを淡々と日本語に置き換えていくトンネル型、それとも自分である程度登場人物のキャラ設定をして口調などを自分好みに設定する監督型ですか? 当てはまるものがありましたら、教えていただきたいです。
柴田 理想としてはトンネルです。トンネルになりたい。
小島 憑依型と監督型の両方でしょうか。あえていうなら、監督である「著者」の気持ちに憑依するという感覚が近いかもしれません。著者が参考にしたであろう関連資料をできるかぎり調べ、集めていき、執筆中の著者の頭の中の状態に少しでも近づけるようにしています。
Q. 小島ケイタニーラブさんの『こちら、苦手レスキューQQQ!』を拝読し、ケイタニーさんがネガティブなものをくすっと笑えるポジティブなものにしてくれて、とても癒されました!「ニガテがニガテ」って素敵だなと思っています。私は怖い話が苦手で、観ると眠れなくなってしまうので、極力避けているのですが、小島さん、柴田さんが苦手とするものはあるのでしょうか?
柴田 教師をしていてずっと会議が苦手でした。
小島 怖い話、眠れなくなりますよね! ちなみに僕が苦手なものは、スプーンを洗うときに、水が飛び散るのが苦手ですね。気をつけて、なんとか飛び散らないようにスプーンを洗い終えても、次の日には、すぐに油断して、ビシャっとやっちゃうんですよね。あとは子どもの頃から苦手なのですが、「みんな」という言葉が苦手ですね。「みんな、怒ってる」とか「みんな、心配してる」などに使われる「みんな」という言葉は、都合よく利用されて可哀想だな、といつも思います。
Q. 小島さんに質問です。音楽活動だけでなく、『中国・アメリカ 謎SF』や『MONKEY vol. 25』の「五万年前の来訪者」と、中国文学翻訳家として最近ご活躍されていますが、なぜ中国の文学作品を翻訳されたのか、きっかけとなるエピソードがあればお聞きしたいです。
小島 中国で1年半ほど生活していたことがあるのですが、近所に大型書店が数軒あって、毎日のように入り浸っていたんです。日本でいえば蔦屋書店さんみたいな雰囲気の本屋で、コーヒーなどを飲むスペースもありました。僕がよくいたのは、詩集と児童文学とSFコーナーでした。中国の現代詩集は、フルカラーのイラストがたくさん入っていたりして、見ているだけで楽しかったですし、それが李白や白居易などの古典と並んで、平積みで大きく展開されているところにも、中国文学の懐の深さを感じました。その隣に児童文学とSFコーナーがありました。そこで出会った作品に感動し、この感動を誰かと共有したくて、たまらず訳しはじめたのがきっかけです。
Q. 海外の作品が好きで、MONKEYや翻訳された作品を読む内に、原書でも楽しみたいなと思ったり、作品の一部だけでも翻訳してみたいと考えたりするようになりました。久しぶりに英語の勉強を始めたいのですが、英語で書かれた作品を味わうために、よい学び方はありますでしょうか。
柴田 あまり辞書を引かずに文脈から意味を推し量るようにしながら読む(多読)のと、辞書をていねいに引いて細部まで理解しながら読む(精読)の両方を交互にやるといいような気がします。
Q. 訳者あとがきは、日本語から他の国の言葉に訳された本にも見られるのでしょうか。それとも日本独特のものですか? また違いがあればなぜなんでしょう。
柴田 ほかの国についてはわかりませんが、まあ英語圏では現代小説にはまずないですよね。やっぱり日本の場合は、(「楽しもう」というより)他国に「学ぼう」という姿勢が強いから、あとがきのようなものが要請されるのだと思います。英語圏でも古典だと「学び」の気持ちがあるのか、あとがきが付いていることが多いです。
小島 中国、台湾で売られている本に限っていえば、ある場合もあれば、ない場合もあるという感じでしょうか。少し脱線しますが、中国のSF関連でいうと、かの文豪・魯迅がジュール・ヴェルヌ『月世界旅行』の中国語版で書いた「弁言(前書き、解説)」が有名です。1903年、日本に留学中の魯迅が、井上勤による日本語訳をさらに中国語に訳し、解説も書きました。今でこそ、中国を代表する大作家によるSF解説、ということで、取り上げられることが多い文章ですが、当時はまだ作家としてペンネームの魯迅を名乗るずっと前、訳者としての名前も記載されていませんでした。そんなわけで、魯迅による解説という紹介は、少々語弊があるかもしれませんが、近代化を目指す当時の熱気に溢れた内容で、翻訳を通して、西洋の科学的な思考を取り入れていこう、という思いが伝わってきます。
Q. 翻訳教室では柴田さんが翻訳される際にご愛用されている電子辞書や万年筆などを知ることができ、同じものを揃えたいと思っているのですが、小島さんが翻訳される際の必須アイテ厶はあるのでしょうか? また手書き原稿などありますか? ぜひ教えていただきたいです。
小島 名刺サイズの無地のカードです。前の質問の答えにも書きましたが、できるかぎり著者の頭の中と近い状態にしたいと思い、キーワードなどをそこに書いて並べながら訳しています。SFだと、相対性理論だったり、ゲノム編集だったり、専門用語が当たり前のように出てくるので、そういう意味でも、カードにまとめておくと、脳内を整理しやすいです。原稿は、パソコンのワードソフトで書いています。周辺機器もいろいろ試行錯誤しましたが、現状はアップルのマジックキーボードがとても相性がよく、手放せないアイテムになっていますね。
Q. 翻訳作品やエッセイなど柴田さん著書の単行本制作の上で、柴田さんより装丁や表紙のイメージをお伝えすることはあるのでしょうか? 例えば「この小説はこういう物語で、だからこういうイラストレーションが合うのではないか?」など……。
柴田 原著者の好みがわかっている場合には、けっこうそれに寄り添って考え、提案をすることも多いです。まあいつも言うように自分では牛と馬も描き分けられないので、見当違いの案も多いと思いますが……。
Q. 小島さん、ソングライティングと翻訳に共通点はあると思いますか? 作業されている時の感情や、技術的なことなど、もしあれば教えてください!
小島 僕自身、翻訳をやるようになってビックリしたことなのですが、自分が長らくやってきたソングライティングのスタイルと翻訳の共通点はとても多いです。僕が曲を作るときは、頭の中に浮かんだ世界(ビジョン)を、できるだけ客観的に言葉とメロディーで表現していく、という工程をとります。そこには僕の意思ももちろんありますが、それよりも、最初に得たビジョンをできるだけ忠実に再現できるように、言葉やメロディーを選ぼうという気持ちが働きます。そういったスタンスは僕にとっての翻訳と非常に近い気がしています。もちろん人によって、ソングライティングも翻訳もやり方が違うと思いますが、著者が得たビジョンに最も近い言葉を選んでいく、というのは、僕にとって、一貫したスタンスのように感じています。
<プロフィール>
小島敬太 こじま・けいた
1980年生まれ。シンガーソングライター・小島ケイタニーラブとしてNHKみんなのうた『毛布の日』など。翻訳家として『中国・アメリカ 謎SF』(柴田元幸との共編訳)ほか、2022年には紫禁城を舞台にした児童読み物シリーズ全3巻、および王諾諾のSF短編集を刊行予定。
柴田元幸 しばた・もとゆき
1954年生まれ。翻訳家。著作に『ケンブリッジ・サーカス』『本当の翻訳の話をしよう』(村上春樹との共著)など。最近の訳書にポール・オースター『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』、バリー・ユアグロー『東京ゴースト・シティ』、スティーブン・ミルハウザー『夜の声』などがある。
特集 翻訳教室
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