ISSEY MIYAKE SS 2022 近藤悟史×児玉裕一[表現の海を潜る]

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TEXT: UCHIDA MASAKI

 
ISSEY MIYAKE 2022年春夏のコレクションは「A Voyage in Descent」。海に潜り、奥底まで降りていく旅をイメージした今回のコレクション。ISSEY MIYAKEデザイナーの近藤悟史とムービーのディレクションを担当した映像監督の児玉裕一に話を訊いた
 
 
近藤 僕らは常に新たなテーマを設定し、様々な研究/開発を経て素材を深く掘り続けています。三宅(一生)からもよく「どんどん掘り下げなさい」と激励されています。今回、映像発表になってから3シーズン目のコレクションにあたって、自分の服を、自分が見たこともない世界で、しかもユーモアをもって表現してくれる映像監督はどなただろうかと考えた時、児玉さんが浮かびました。チームのスタッフも児玉さんのファンでしたので。

児玉 光栄なオファーでした。ISSEY MIYAKEにはいろんなプロダクトがあって、しかもその機能美には数学的な考え方や科学的な技術がふんだんに盛り込まれている。僕は元々理系の人間なので、皆さんがどんな風にものづくりをされているのかとても興味があった。最初の打ち合わせの時、近藤さんは資料を広げて今回のテーマやイメージを話してくださって。

近藤 あの時点ではコレクション全体の6割ぐらいまでが出来上がっていた。あとは作りかけの服やイメージ写真でお話しをさせていただいて。

児玉 「これが完成するとこうなるんですよ」と説明されても「ん?」みたいな状態のものもあった(笑)。

近藤 本当に見たことのない服の形を作りたかったので、それまで自分が見たことのなかった生き物の写真などを見ながらイメージを広げていました。映像の後半で出てくる服は、おそらくパッと見だとTシャツなのかパンツなのかワンピースなのかさえもわからない。一枚の生地で、四角ではなく湾曲して見える服も作った。しかも糸を一本抜くだけで一枚の生地に戻る。モデルさんから「これはどう着たらいいんですか?」と問われた時、コンセプト通りのものが形になったという手応えが感じられました。

 
児玉 近藤さんがお話しされるコンセプトやストーリーが僕には最初からとてもしっくりときました。構想から最終的なアウトプットまで、ひとつのコレクションが出来上るまでを伴走し、体験させてもらったような感覚でした。20年のコレクション(『A Sense of Joy』)ではモデルの頭上から服が舞い降りていました。僕は今回、境界を超える行為やその過程を映像にしようと思った。近藤さんの服は既に多くを語っているので、言葉とは異なる形でテーマを増幅させるような映像にしようと。掘り下げる=海に潜リ、どう境界を超えていくのか。それを表現する序盤のくだりはコンテの段階から特に丁寧に描きました。

近藤 撮影場所のロケハンをご一緒させていただいた時、自分には全くなかった発想が児玉さんから次々と出てきてドキドキしました。児玉さんの目にはこの建物がそう映っているのかと驚かされて。一緒に水の中を歩いているような感覚でした。深く潜る場面の服は、自分なりに映像を想像しながら仕上げました。

児玉 あの服は歩いた時の見え方が本当に綺麗でしたね。

近藤 2日間の撮影も本当に楽しかったです。ISSEY MIYAKEではこれまでもダンサーの方やアーティストの方々にモデルをお願いしてきましたが、今回のようにローラースケートで滑れるモデルを探したのは珍しい経験でした。

児玉 コレクションにおける服の登場順というのはそれ自体がひとつのストーリーですよね。「水の底にいる見たことのない生き物」を表現するなら、多種多様な移動方法の生物がいてもいいんじゃいかと思って。僕は物体が滑って移動する様子が生理的に好きなんですが、服を見せる上でもウォーキングとは異なる動きが得られてよかったです。

近藤 撮影が進むにつれて映像全体の形が徐々に見えてくると、さらに僕の中でも気持ちがますます盛り上がっていって、最後に真っ暗な場所をモデルが歩くシーンを見ていたら、パリコレの時と同じような気持ちになりました。モデルのテンションが上がっていくのも感じられたし、本来ならリアルなショーでしか感じ得ないはずの臨場感や高揚感までもが感じられて、僕もスタッフもとても熱い思いに駆られました。

児玉 音楽のSeihoさんも素晴らしかったですね。映像をお渡ししつつイメージを説明しただけで、基本的にはお任せでしたが、的確にテーマを汲んでくれて。

近藤 今回の映像を通して、自分のテーマをしっかり発信することができた。公開後、自分の知人や尊敬している方々からたくさんの連絡をもらいました。中には「映像を観てから一、二時間ぐらい経つけど、まだ水の中にいるような気持ちです」という感想もありました。自分でも水に広がる波紋のような長い余韻が残る映像だと感じられました。

 

ライト。ダイナミック。プリミティブ

 
近藤 よく取材で「ISSEY MIYAKEという看板をどう体感しているか?」と訊かれます。今まで蓄積されてきたブランドの知識と技術を活かしながら、僕らのチームでしかできないことが求められる。ものづくりに没頭している時間は楽しいのですが、一方であまりマニアックなアウトプットにもしたくない。服を着た時の喜びや、鮮やかな色を見た時の感動、変わったフォルムへの興味や面白さ、そんなシンプルな思いを大切にしたい。「ISSEY MIYAKEの服って楽しいな」とか「この服、素敵だな」とか「このブランドにしかない服だな」と直感的に感じてもらいたい。もちろん、興味を持ってもらえて「これはどういう風に作ったの?」と問われたら、その裏付けやチームの存在意義、これまでのブランドのものづくりや歴史を説明する準備はありますが、なるべく重くならないように、ダイナミックで、心地良く解釈してもらえるようなコレクションを心掛けています。

児玉 僕も同じ思いです。どんな映像でも最初に見た瞬間の率直なインパクトやシンプルな驚き、感動をどうすれば最大限で描けるのか、常に意識します。こういう言い方も何ですが、映像って「やってみないとわからない」ことも多々あるんです。だから僕はコンテの段階でどこかに「現実的には無理かもしれないけど」というアイデアを入れておく。その分、制作スタッフの皆さんには苦労をかけますが、上手く形になると自分の“勝ち筋”以上の何かが出来上がる。だからイメージが降ってきたらまずは躊躇なくトライしようと決めています。この映像の最後でモデルが再び水面に戻っていくシーンは「服を着る余韻ってこういうことかもしれない」と感じて後から足しました。そういった追加のイメージが浮かぶような余地を残しておくことも、自分にとっては案外大事なのかもしれません。

近藤 長引くコロナ禍、日本に留まっているせいかもしれませんが、自分の中で「服はもっと自由でいい」という気持ちが日に日に強くなっています。前シーズン(2020〜21年秋冬)のコレクションでは服に大きな穴を空けました。今回はもっとたくさんの穴を空け、一枚の布でグルグルと円を描きました。丁寧な服づくりや長く着てもらえる服づくりももちろん大切なのですが、美しさや驚き、楽しさが溢れるような服を作っていきたい。もっと精神を解放して、自由に服を作ろうという気持ちが膨らんでいます。

 
児玉 映像はもともとバーチャルな面もあるので、あまりコロナ禍は関係してないかもしれません。コロナの反動で本質的に人間が求めているものが際立つようになったけど、僕が映像で描きたい本質的なものは変わってない気がしています。ただ撮影はやりにくい環境になりましたね……。

近藤 今回の児玉さんとの取り組みのように、今後も様々なクリエイターの方々との出会いや交流を続けていきたい。自分の頭の中の世界だけではなく、多くの方々との出会いからより新たなコレクションを提案していきたいですね。

児玉 また何かご一緒出来たらいいですね。映像以外でも、生地を開発したり、布を切ったりするところからでも。

潜るごとに変化していく水中の世界で、服の魅力を見事に表現した7分27秒のコレクション映像。この作品をきっかけに、ISSEY MIYAKE AW 22/23のコレクション映像も引き続き児玉裕一がディレクションを務めた

 
 

近藤悟史
近藤悟史 1984年生まれ。2007年に上田安子服飾学校を卒業後、株式会社イッセイ ミヤケに入社。2019年からISSEY MIYAKE ウィメンズのデザイナーに就任。2020年春夏でのデビュー以降、現在で5シーズン目
PHOTOGRAPHY: ADI PUTRA
児玉裕一
児玉裕一 1975年生まれ。東北大学理学部化学系を卒業後、広告代理店勤務を経て独立。2013年に「vivison」を立ち上げる。CMやMVなどの映像作品の企画・演出から、ライブの演出まで幅広い分野で活躍している
PHOTOGRAPHY: ADI PUTRA