本棚と書店員。二つの「本屋のかお」を通して、これからの街の本屋を考える――。独自の選書と棚の編集、そして美しい店内に、世界中の本好きが憧れる京都の恵文社一乗寺店。歴史と定評のあるこの店で選書を担う、マネージャーの鎌田さんを訪ねた
京都市左京区、鴨川沿いの出町柳駅から叡山電車に乗って約五分。一乗寺駅で下車し、住宅街を少し歩くと見えてくる煉瓦造りの建物。本好きには言わずと知れた京都の名店、恵文社一乗寺店だ。ペンキの剥げかかった趣のある看板と、ガラス窓から見えるランプの暖かい光につられて扉を開けると、美しく並ぶ本に出迎えられる。選書を手がける鎌田さんに、話を訊いた。
――恵文社のはじまりを教えてください。
「開店は1975年です。当時、金太郎飴と揶揄されるくらいどこも似たような書店ばかりだった中、他にはない特徴的な本屋を目指してはじまりました。近所に芸術大学がいくつかあるのでその関係者が周りに多く住んでいたり、単館系の映画館が近くにあったりしたことも、選書や棚作りに影響を与えたようです。僕がまだ生まれる前のこの町の話やお店のことは、飲み屋で一緒になった近所のおじさんから聞いたりします(笑)」
――鎌田さん、まだ26歳とのこと。
「マネージャーになって三年目。この世代で責任者として書店を任せてもらえることってあまりないと思うので、声がかかった時、これはチャンスだと思いました」
――そもそも書店員になったきっかけは?
「地元がとても田舎で、車で30分くらいかけないと本屋がなかったんです。大学進学で京都に来たら本屋がたくさんあって、すごく楽しくて(笑)。書店でアルバイトをはじめて映画やサブカルチャーのことを教えてくれる上司に出会い、本がもっと面白くなって、今に至ります。本屋の仕事って、自分の興味の範囲を限定しないまま働けるんです。海外文学も好き、映画も好き、アウトドアも好き。それを形にしていくことが快感になってしまいました」
――自分の興味を選書でお客さんに還元していける、ということですね。
「でもこの店は歴史も特徴もあって、“恵文社”という器として成り立っている。“恵文社”という概念を求めて来てくれる方もいるんです。だから選書する自分たちの趣向に偏りすぎないように常に心がけています。もちろん僕らが好きな本を置いているけれど、恵文社の棚はお客さんと一緒に作っている感じ。この本をこんな考えの本と隣り合わせたらどうでしょう、と棚でお客さんに問いかける。うちのお客さんは本を探すのが上手で、そうやってちょっと仕掛けてみると、すっと見つけ出してくれるんです。それが嬉しいですね」
――今後はどんな本屋を目指していますか。
「イベントもやる、ギャラリーもある、雑貨やCDも売っている、本屋っぽくない本屋だけど、そんな“恵文社”という店そのものを楽しんでもらいたい。この店がその人にとっての“本の入り口”になってくれたら嬉しい。馴染みやすいけど本棚はすごいと思われるような書店にしていきたいです」
<プロフィール>
鎌田裕樹(かまたゆうき)
1991年生まれ。千葉県出身。大学進学を機に京都に移住。学生時代からフリーペーパーに書評を執筆するなど精力的に活動。恵文社一乗寺店のマネージャーとして、海外文学などを中心に選書を担いながら、イベントの企画にも挑戦中
【今月の棚】
選書する側の個性が出過ぎないよう気をつけていますが、海外文学の棚は僕の好みが出てしまっている気もする(笑)。学生の頃に読んだ柴田元幸さんの翻訳書『ガラスの街』が僕にとって“本の入り口”とも言える一冊。そこから広がっていった系譜のような棚です
【語りたい3冊】
森の思想家と呼ばれたデイヴィッド・ソローを僕なりに解釈した選書です。彼は毎日近所の森を何時間も散歩して、植物の成長を記録し、独自の暦をつくったり、「歩く」という行為から世界を見つめた人物で、その影響を受けた作品は数多くあります。店頭でフェアを企画した時には、ソローの考え方を拡大して、直接関係のない本も含めて表現しました
①『アーバン・アウトドア・ライフ』著=芦澤一洋 編=芦澤紗知子(中央公論新社)
②『街と山のあいだ』著=若菜晃子(アノニマ・スタジオ)
③『釣歩日記』著=長沼商史(GNU)
<店舗情報>
恵文社一乗寺店
京都市左京区一乗寺仏殿町10
営業時間 10:00-21:00 年中無休(元旦を除く)
(本稿は8月20日発売『SWITCH Vol.36 No.9』に掲載されたものです)