毎月、猿が仲間に「ここにバナナがあるぞー」と知らせるみたいな感じに、英語で書かれた本について書きます。新刊には限定せず、とにかくまだ翻訳のない、面白い本を紹介できればと。
※ずるずるずるずる一年半お休みしてしまいましたが、バナナ日和、復活します。毎月洋書新刊・旧刊を紹介していきますので、どうぞおつき合いください!
2019年4~5月に東京・表参道のBA-TSU ART GALLERYで『BONE MUSIC展 ~僕らはレコードを聴きたかった~』が開かれたし、それ以前から都築響一さんが紹介していたので(『日刊イトイ新聞』に詳しいインタビューがある: https://www.1101.com/n/s/kyoichi_tsuzuki)、「ボーン・レコード」「肋骨レコード」なるものをご存じの方も多いと思う。
終戦後、スターリン支配下のソビエト連邦。国家の方針に合わないものはことごとく禁じられ、音楽も例外ではない。西洋音楽も正統的なクラシックは許容されるが、大半のジャズ、ポピュラー音楽は禁止。だがむろん禁止されても、というか禁止されればいっそう、聴きたい人は聴きたい。西洋からこっそりジャズやロックンロールのレコードが持ち込まれる。となれば、音楽好きで、ちょっと反抗心もあれば、複製を作って仲間と音楽を分かちあいついでに金儲けもしたい、と思うのも自然な流れ。まずはカッティングマシンを闇市で手に入れるか、自作するか。そしてレコード盤の素材……そんなものどこにも売ってない! そこで若者たちが目をつけたのが、廃棄されたレントゲン写真である。日本でもかつて「ソノシート」というペラペラの安価版レコードがあったが、ちょうどあんな感じである。
作られたボーン・レコードはむろん、店で堂々と売られたりはしない。売る者は、ちょうど西洋諸国のドラッグの売人みたいに街角に立ち、顔見知りの買い手が来たら、こっそり二人で物陰に行き、「ビートルズ、入ったぜ」「え、いくらだ」みたいな話を小声で交わす。客は後生大事にコートの中に買った盤を隠し、家に帰って窓を閉めきり、不安と恍惚とともに聴き入ったのである。
昨年刊行された本書Bone Musicの著者は、ボーン・レコード歴史研究の第一人者スティーヴン・コーツ。すでに2013年の著書、X-Ray Audio: The Strange Story of Soviet Music on the Bone(X線オーディオ 骨に残されたソビエト音楽の奇怪な物語)において、ボーン・レコードの歴史はひととおり伝えていたが、その後もリサーチを重ね、新資料も多く見つかったので、今回その増補版・決定版を出したというわけである。
ボーン・レコードというと、なんとなく、ソ連の人々が西洋の音楽を聴きたくて作ったもの、という先入観が僕にはあったのだが、今回の新著で著者コーツが強調しているのは、実はボーン・レコードに入っている音楽の大半は、非革命的とみなされ禁じられたロシアの音楽だということ。ピョートル・レスチェンコの歌うタンゴなどはとりわけ人気が高かった。イデオロギーなんか関係ない、とにかくみんなエキサイティングな音楽が聴きたかったのだ、とコーツは説く。
本書の白眉は、1940年代末から60年代初頭にかけて、ソ連で最大のボーン・レコード製作者だったルスラン・ボフスラフスキと、その相棒だったボリス・タイギンの活躍を綴った章“Heroes of the Soviet Underground”(ソ連アングラの英雄たち)である。二人とも音楽好き・レコード好きが嵩じて知り合いのボーン・レコード製作を手伝うようになるが、その品質に飽き足らなかった彼らは、ボフスラフスキが技術を活かして製作機を自作し、さまざまな改良を加えて高品質のボーン・レコードを作った(たとえば、盤を濡れタオルで2時間くるんでおいてからミシン用の油を塗ってカッティングするといい、とあるラジオ雑誌は薦めている)。タイギンは自ら演奏もしてオリジナル盤も作った。インチキなボーン・レコードも多い中で(前述のレスチェンコのレコードなどは声の似た別人を起用したニセモノも多かったが、何せ音質が悪いので区別がつかず、レスチェンコ最大の人気ナンバーということになっている「鶴」などは実は本人が歌った録音は存在しないという)、彼らThe Golden Dog Gang(金犬団)のロゴが入った盤は高品質の代名詞となった。
むろんそうした営みを、当局が放っておくはずがない。客の誰かが密告し、ギャングの面々は逮捕され、裁判にかけられる。
During the trial the judge tried to ridicule them, accusing them of trying to destroy the ideological education of young people. Goaded, the ordinarily shy Taigin stood up and made an impromptu speech. He shouted that politics and music should not be mixed, that they weren’t dissidents but music lovers, and that next time they wouldn’t be caught. There was uproar in the court, with members of the public applauding. Court officials tried to calm things down and Taigin was forbidden from speaking again. In addition to his prison sentence, he was awarded five years’ exile in Siberia, the severest punishment then available.
Fortunately for the Golden Dog Gang – and for many Russians – history intervened. In March 1953, Stalin died. His demise brought a collective cultural sigh of relief and ushered in the social reforms and limited freedoms granted under his successor Khrushchev. One of these was a general amnesty. Over a million non-political prisoners were released early from the camps, the Golden Dog Gang among them.
金犬団にとって、そして多くのロシア人にとって幸いなことに、ここに歴史が介在する。1953年3月、スターリンが死去したのである。彼の死は集合的な安堵のため息をもたらし、後継者フルシチョフの下、さまざまな社会改革と、制限的な自由が導入された。そのひとつが大規模な大赦である。百万人以上の非政治犯が早期釈放され、その中に金犬団の面々も交じっていたのである。
そうしていったんは釈放された彼らも、政府トップの方針が変わればまた締めつけも厳しくなり、ふたたび逮捕の憂き目に遭う……そうしたくり返しの中で、彼らは精いっぱい良質のレコードを作りつづけた。あるときなどボフスラフスキは、国家が販売している、ソビエト指導者の演説を録音したレコードに目をつけた。それらは国民の士気を高めるべく安価で売られていたが、むろん誰もそんなもの買いはしない。ボフスラフスキはその盤を絶妙な温度で熱し、柔らかくして溝を平らにし(!)、そこにジャズやロックンロールの音溝を刻んだのである。Jazz Over Stalin!
最新情報
〈刊行〉
MONKEY30号「渾身の訳業」発売中。
『アメリカン・マスターピース 準古典篇』7月11日刊行。
アレクサンダル・ヘモン『ブルーノの問題』秋草俊一郎と共訳 書肆侃侃房 秋刊行予定。
〈イベント〉
7月15日(土)10:30am – 12:00、『シカゴ育ち』増刷記念セッション with 福富優樹@twililight
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7月15日(土)2pm- 『アメリカン・マスターピース 準古典篇』刊行記念@紀伊國屋書店新宿本店
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7月21日(金)6pm- 「日本文学を訳す その2」with ケンダル・ハイツマン@早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)
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7月29日(土)11am-12am 「いま、これ訳してます」part 39
オンライン朗読会 手紙社主催
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8月1日(火)6pm-/8月2日(水)1pm- 朗読劇『ザ・レディオ・ミルキー・ウェイ』(ラジオ朗読劇『銀河鉄道の夜』舞台版)With 古川日出男、管啓次郎、小島ケイタニーラブ、北村恵、後藤正文@常磐線舞台芸術祭 2023
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〈配信〉
コロナ時代の銀河 朗読劇「銀河鉄道の夜」 河合宏樹・古川日出男・管啓次郎・小島ケイタニーラブ・北村恵・柴田
《新日本フィル》朗読と音楽 ダイベック「ヴィヴァルディ」 朗読:柴田 演奏:深谷まり&ビルマン聡平
ハラペーニョ「二本のマッチ」朗読音楽映像 ロバート・ルイス・スティーヴンソン「二本のマッチ」/ハラペーニョ=朝岡英輔・伊藤豊・きたしまたくや・小島ケイタニーラブ・柴田