かつてある著名なウイスキー評論家が“ヒドゥン・ジャイアント”と表現したキリンウイスキー。富士御殿場蒸溜所の操業開始から50周年を迎え、そんなジャパニーズウイスキーの“隠れた巨人”が、本格的に世界市場への飛躍を果たそうとしている。
TEXT: NISHIDA YOSHITAKA
富士御殿場から世界へ
古くから数多の芸術作品に描かれるなど、日本人の暮らしや文化、そして芸術の象徴であり続けてきた霊峰富士。そんな富士山の麓にキリンディスティラリー富士御殿場蒸溜所が操業開始した1973年から始まり、昨年で50周年を迎えたキリンのウイスキーづくり。
2020年に誕生した『富士』ブランドでは、「シングルグレーンウイスキー 富士」が国内外の愛好家の支持を受けて大きく売上を伸ばし、その後にリリースされた「シングルブレンデッドジャパニーズウイスキー 富士」では、同じ蒸溜所製造のモルト原酒とグレーン原酒のみを使う“シングルブレンデッド”なる新たなカテゴリーを開拓。さらには「シングルモルトジャパニーズウイスキー 富士」のリリースや蒸溜所での新たな設備導入が大きな話題となるなど、その動向が日本や世界のウイスキーファンから熱い注目を集めている。そんなキリンウイスキーが今、さらなる国内市場の充実と同時に力を入れているのが、『富士』ブランドの海外への展開だ。
従来から注力してきたフランスなどに加え、2021年にはアメリカ市場でのリリースも開始。さらに現在は、オーストラリアや中国、シンガポール、そしてブルガリアやクロアチアをはじめとするバルカン諸国にまで、その販路を拡大中だ。
「富士山麓という恵まれたテロワール(自然環境)に加え、一つの蒸溜所内で一貫して製造する“Full Terroir & Control”(糖化から発酵、蒸留、熟成、瓶詰めといったすべての工程を一つの蒸溜所内で一貫してコントロール製造するとの意)が、私たちのウイスキーのユニークネス。そんなウイスキーである『富士』や御殿場という土地の魅力、さらには日本のウイスキーの素晴らしさを世界に向けて発信していきたい。私自身は、そのための伝道師であり尖兵でありたいと思っています」
そう話すのはキリンのマスターブレンダーであり、英国ウイスキーマガジン誌がウイスキー業界の発展に大きく貢献した人物に贈る「ホール・オブ・フェイム(ウイスキーの殿堂)」の称号も持つ田中城太氏。田中氏はウイスキーを愛する全ての人を“フェロー(仲間)”と呼び、「ウイスキーの魅力を届けるためなら、世界中のどこにでも行きたい」と公言する。
その言葉通り、昨年も世界各国に自ら足を運び、現地の酒類関係者や愛好家に向けたセミナーなどを実施。さらにはウイスキーイベントへの出展などを通じ、世界のウイスキーファンたちと交流を重ねた。
アメリカの愛好家たちが絶賛
昨年11月のニューヨーク。全米最大規模のウイスキーイベント「ウイスキーフェスト」でも、キリンの『富士』ブースで、愛好家たちを迎える田中氏の姿があった。
一般参加者の来場に先駆け、VIPチケットを持つ来場者のみが入場できる“VIPアワー”では、多くの来場者が『富士』のブースに殺到。世界各国の錚々たるメーカーのウイスキーが揃う中、アメリカではまだ市場に投入されたばかりの『富士』を、現地のウイスキーファンが熱狂的に求めている–––。その様子に驚き圧倒されていると、「以前のイベントで出会って惚れ込んでしまった。今日は『富士』を飲みにきたんだよ」と、ブースに集う人たちから次々に声をかけられた。数量限定で提供された「シングルモルトジャパニーズウイスキー 富士 50th Anniversary Edition」は、蒸溜所が操業開始した1973年蒸留の原酒をはじめ、各年代のモルト原酒を厳選してブレンド。そんな特別なウイスキーを飲んだ愛好家たちは、「驚くほどにフルーティで素晴らしいバランス」「とても複雑で繊細。日本の美しい自然が凝縮されているよう」などと、口々にその味わいを絶賛した。
世界の名だたるメーカーのウイスキーが揃い、数百人のウイスキーファンが集った会場で、周囲よりひときわ高い熱を発していたのは、田中氏が立つ『富士』ウイスキーのブースだった。
「私自身も『富士』の味わいに魅了されていますし、アメリカでのブランドの成功を確信しています」
イベントで田中氏とともにブースに立ったマイケル氏も、人々の熱狂ぶりに興奮を隠せずそう語った。彼は『富士』をアメリカで販売するディストリビューターでセールスマネージャーを務める人物だ。
「私は長年ワインを専門としてきましたが、『富士』に出会ってウイスキーに魅了され、開眼しました。シングルブレンデッドやシングルモルトにあるピーチや洋梨を想わせるフルーティさや、アメリカ人ならバーボンウイスキーとの繋がりを見出すことができる豊かな味わいのシングルグレーンウイスキー。城太さんはそれらの素晴らしいウイスキーを、ワイングラスで飲むという楽しみも私たちに教えてくれました。スコッチやカナディアン、アメリカのバーボンといった様々なタイプのウイスキーを一つの蒸溜所でつくることができる、世界的にも類を見ない歴史と技術、類まれなるテロワールや彼らのウイスキーづくりに対する真摯な姿勢を知れば、多くのアメリカのウイスキーファンが間違いなく『富士』を大好きになるはずです」(マイケル氏)
次々と『富士』ブースを訪れる人たちの中には、弁護士でありながらウイスキー関連の著書を持ち、自身のウイスキークラブを運営するカート・メイトランド氏の姿も。
「私も日本のウイスキー蒸溜所に足を運んだことがありますし、アメリカでもジャパニーズウイスキーの人気はかつてないほどに高まっています。しかしその人気ぶりとは裏腹に、アメリカではなかなか日本のウイスキーを手に入れることができません。『富士』のような素晴らしいジャパニーズウイスキーは、多くのアメリカのウイスキーファンが待ち望んでいたものです」と、アメリカのウイスキーファンの思いを代弁してくれた。
情熱が伝播したマスタークラス
終始、熱気に包まれた「ウイスキーフェスト ニューヨーク」。イベントのハイライトとなったのが、「Fuji Whisky -Our 50-Year Journey from the Peak of Mt.Fuji to Your Glass-」と題された、田中氏によるマスタークラスだ。
広々としたセミナールームの席を埋めた参加者たちを前に、田中氏はまず、ワイングラスによる『富士』のテイスティング作法を紹介。
「おそらくウイスキーをワイングラスで飲む人はあまりいないでしょう。しかしこのマスタークラスが終わる頃には、『富士』ウイスキーをワイングラスで楽しむことの意味を、皆さんにも理解していただけるはずです。今夜は私たちのウイスキーを体験していただきながら、『富士』ウイスキーについて様々なことを皆さんと語り合えればと思っています」
そんなメッセージからスタートしたマスタークラスでは、田中氏による富士御殿場のテロワールや富士御殿場蒸溜所の歴史などの紹介に加え、「シングルブレンデッドジャパニーズウイスキー 富士」と「シングルモルトジャパニーズウイスキー 富士」、「シングルモルトジャパニーズウイスキー 富士 50th Anniversary Edition」の3アイテムを参加者全員がテイスティング。
それぞれの味わいについての詳細な解説や、キリンが目指すウイスキーづくりなどについても、田中氏の口から余すところなく語られた。
「富士の自然の恵みを受けた蒸溜所で、私たちは“魂を揺さぶるウイスキー”をつくるために努力を重ねてきました。目指したのはただ美味しいだけでなく飲む人の心を掴み、人々をインスパイアすることができる美しい味わいのウイスキー。ウイスキーが生まれる土地や歴史、関わる人々のパッションまでもが、飲む人に伝わるウイスキーです」
三者三様の個性を持つ『富士』の繊細な香味をワイングラスで体験した参加者の中には、思わず「ビューティフル」と感嘆の声を漏らす人々も。最後の質疑応答でも次々に手が挙がり、田中氏の「No Whisky No Life」の言葉に会場の全員が大きな拍手で応えて閉幕となるまで、まさにキリンウイスキーのパッションが人々に伝播したかのような盛り上がりを見せたマスタークラス。会場を後にする人たちの、「これまで参加したどのウイスキーセミナーよりも楽しく興味深いものだった」という声も印象に残った夜だった。
『富士』が世界を席巻する未来
ニューヨーク滞在中は他にも、酒類関係者などに向けたセミナーや懇親会を開くなど、精力的に活動した田中氏。ウイスキー業界の数々のアワードにも輝くなど、世界有数のウイスキークリエイターでありながら、その飾らない人柄とパッションで多くの人々を魅了するのは、日本でも海外でも変わらない。
「私たちのお店では城太さんが『富士』ウイスキーについての勉強会を開いてくださり、すべてのスタッフが参加しました。もちろんウイスキーはどれも素晴らしく、メーカーや城太さんの熱意や真摯な姿勢にも、私たちは大きな感銘を受けています」
そう話す、マンハッタンの人気日本食レストラン「ロブスタークラブ」で蒸留酒のスペシャリストとしての役割を担うフレア・デュカイン氏も、『富士』の美しい味わいと田中氏の情熱に魅了された一人。
「これからアメリカで『富士』が広まっていくことを楽しみにしていますし、私も色々な場面で彼らのウイスキーとパッションを紹介していきたい。きっと数年後には『富士』がアメリカ中で大人気になっていますよ」と、未来を予言してくれた。
富士御殿場から海を越えて伝播するキリンウイスキーの品質とパッション。日本の象徴である“富士”の名を冠した香り高いウイスキーが、世界を席巻する日も近そうだ。
プロフィール/
田中城太 1962年京都市出身。88年キリンビール入社。フォアローゼス蒸溜所などでの勤務を経て、2009年からキリンビール商品開発研究室でブレンダー業務に従事。17年にマスターブレンダー就任
KIRIN JAPANESE WHISKY FUJI
富士の自然の神秘と受け継がれる匠の技が生み出す美しいジャパニーズウイスキー。
多彩なグレーン原酒とモルト原酒が織りなす、3つのスタイルのウイスキーが展開されている