自然に挑むのではなく、自然と共に生き、自然に対して真摯であること。表現者は自然の声に耳を傾け、生きる知恵を学ぶ。映画『ミルクの中のイワナ』の坂本麻人監督が本作を通して問う、自然と人間の新たな関係とは。
坂本麻人 大阪生まれ。遠野を舞台に死生観をテーマにした映像作品『DIALOGUE WITH ANIMA』の監督、「遠野巡灯篭木」の総合演出、プロデューサーとして活動。『ミルクの中のイワナ』は4月5日から全国で順次公開。
幼少の頃から釣りが好きでしたけど、当時から渓流魚を守ろうなんて考えていたわけではありませんでした。関西で育ち、地域にはアマゴがいて、海もあり、いろんな釣りを楽しんできましたが、SNSの普及とともに内水面の問題や釣りの対象魚をめぐる問題が目に飛び込んでくることが多くなってきて、モヤモヤしながら釣りをするような時期が続きました。僕は漁協の組合員でもないので、何かアクションがとれるかといったらなかなかとれないし、釣り人として何かできないかと次第に考えるようになっていきました。
映像作家として活動を始めて約10年になりますが、近年は様々な文化事業や社会問題をテーマにした事業に関わる機会が多かったこともあり、イワナを取り巻く問題というのはただ魚だけの問題にとどまらないと思えてきたんです。高齢化や過疎化といった地域が抱える様々な問題も絡んでいて、イワナをメタファーに人間社会の未来を考えていくヒントが得られるんじゃないか、そんな思いから2022年に『ミルクの中のイワナ』を撮り始めました。
この映画の中で「人が関わらない状態を目指すのは難しい」という話が出てきますが、僕自身もそう感じます。干渉しないことで成立する自然環境ももちろんあると思いますが、僕が生まれ育った地域の川にも砂防ダムがあり、堰堤もあって、古くから人間が干渉してきた歴史がある。これから干渉しないようにするのがはたして最善なのか。人が干渉することで変えてきた自然や魚たちを今度は放っておくって、それは無責任なんじゃないか。そうした対話ができる場所があまりなかった。問題を体系的に整理し、内水面に関わる人たちみんなで次のアクションを考える機会を作る、それがこの映画を作った目的としては大きいです。
そもそも僕にとっては、釣りがあったからその延長でイワナや自然のことを考えるようになっているわけです。地域に釣りの文化があって、釣具メーカーの人たちがいたから僕は釣りがやれていたし、根本的には魚がいたからできたことで。僕にとって釣りは、自然と深く関わりを持てる手段だと思っています。命との距離がどんどん遠のいている現代で、子供でも誰でも命と対峙できる唯一のレジャーが釣りではないでしょうか。釣り上げた魚を手に取った時、目の前の命の生殺が自分に委ねられていることに僕は違和感を覚える瞬間があるんです。それこそが、僕自身が野性的な領域に足を踏み入れるスイッチなのかもしれない。
特に渓流釣りでは、クマとか猛禽類とかそこに棲む野生生物たちと同じ目線で自分も魚を見つめている—— まるで自分も彼らと肩を並べている感覚になれるんです。それに、この岩場から足を踏み外したら簡単に死んでしまうという人間の脆さや弱さを感じることで、常に生と死が隣り合わせの野生生物たちの領域に自分も近づいている感覚を覚える。そうすると、釣りは単なる人対魚のレジャーではなく、一頭の動物と魚、あるいは生物同士の対峙になれるのではないか。そんな願望があるから、僕は渓流釣りにロマンを感じ続けているんだと思います。
本稿を収録した「Coyote No.82 特集 安西水丸の教え」はこちら。