山の安全を共に考えるARC’TERYXの仲間たち

山での経験に基づいた安全性の向上こそARC’TERYX のものづくりの根幹だ。3名の契約ガイド・アスリートが教える、秋から冬にかけての登山での安全の心得。

井坂道彦
JMGA 山岳ガイドステージⅡ・長野県山岳遭難防止常駐隊
北ア南部地区副隊長

井坂道彦
photograph by Mihara Junya

11月頃の山は例年振れ幅が大きい。アルプスだと雪が降り始めるし、真冬日もあれば逆に小春日和の暖かい日もあるので、天気予報は注意深く見てほしい。

その日の気温の変化だけではなく、ここ一週間で気温がどう変化するかをしっかり見て、その時期の基準となる気温や天候を見極めないといけません。また、これは秋に限った話ではありませんが、日帰りであろうとヘッドランプは必須。これからの時期は日没が急激に早まります。

私は北アルプス南部地区山岳遭難防止常駐隊の副隊長として毎年夏山秋山に常駐しています。涸沢に基地があり、そこからパトロール隊を派遣して2人1組で3、4日かけて周辺の山域を回っています。北は燕岳、槍ヶ岳から南は焼岳くらいまでを、14人のメンバーで長野県警と協力しながら遭難防止に取り組んでいます。遭難者の多くは、動けなくて低体温症に陥るケースが多いので、緊急時の体温維持のためのツェルト、もしくはサバイバルシートを必ず携行してほしい。

最近ではYouTubeやSNSで情報収集をして山に登る人も増えています。あくまで一個人が発信する情報なので、ルートやコースタイムの情報を鵜呑みにしないことが大事。絶対的な情報というのはありません。あくまで参考情報として、自分でもきちんと地図を広げて計画を立てるなど、情報を受け取る側のリテラシーが問われています。

それと、登山におけるここ10年の大きな変化は地図アプリの登場ではないでしょうか。アプリを開けば自分の現在地と周辺の地形図が表示されるので、とても便利な反面、広い視野で山域を捉えられていない人が増えていると危惧しています。紙の地図も併用すると、現在地周辺の地形情報も自然と目に入ってくるので視野を広く持てる。アプリにしても道具にしても大切なのは、適切な使い方を身につけることです。実際、緊急連絡先に自分の位置が定期的に送られる「見守り機能」のおかげで、遭難者の早期発見につながるケースも増えています。

これは最後に伝えておきたいことですが、自然の中に入って遊ぶからには多少のリスクは受け入れないといけません。

晴天の日しか絶対に山へ行かないというのもまた、天候が急変した時に対応できなくなってしまう。なかなかその線引きは難しいですが、よく行く身近な山があれば、あえて雨の日に練習として登ってみるのもいいと思います。

毎年救助をすればするほど、山に畏れを抱く気持ちが強くなっているのを感じます。人間の都合通りにはいきませんからね。明日は我が身という緊張感を持ってこの仕事に取り組んでいます。

井坂道彦
夏は穂高岳、春・秋は小川山や瑞牆山、冬は八ヶ岳や伊豆をメインフィールドに、クライミングを中心にガイドする傍ら、季節に応じて北アルプス南部地区の救助隊員としても従事している。

石沢孝浩
JMGA 山岳ガイドステージⅠ・JMGA スキーガイドステージⅡ

石沢孝浩

登山者の方に必ず携行してほしいのはツェルト(簡易テント)ですね。私は普段ココヘリ(発信機を利用した会員制捜索ヘリサービス)の電話オペレーターもしていますが、夜間はヘリを飛ばせないし、救助隊も朝にならないと山に入れない場合が多いので、遭難者のほとんどがビバーク(緊急露営)を強いられます。特に冬に差し掛かるこれからの時期は、ツェルトの有無が生死を分けることもあります。でもツェルトを持っていても実際に使える人はどのくらいいるでしょう? ここで伝えておきたいのが、道具というのはちゃんと使いこなせないと意味がないということ。

山岳遭難事案は年間3500件を超え、右肩上がりに増えています。その半分を占めるのが道迷い。地図アプリの登場など技術の進歩で便利になっているのになぜ遭難事案が減らないのか。遭難者に聞いてみると、地図アプリをいざ開いてみても使い方がわからないと答えた人が何人もいました。道具を買って満足、アプリをインストールして満足、ネットの動画で使い方を見て満足してしまうのではなく、実際に山に行く前に試すことがとても大切です。

近年私が危惧しているのは、雪山登山経験やバックカントリースキー経験の浅い方が、雪山登山が初めての方や初心者を山に連れていくことです。雪崩や雪山の知識を持ち合わせず、何度か滑ったことがあるという程度の方が、SNSなどの情報を頼りに初心者を連れて雪山に入ってしまう。スキューバダイビングだって初めての人は講習を受けてから潜りますよね。雪山も全く同じです。無知による事故が起こらないよう、ガイドツアーや雪崩講習会に参加するなど、知識をつけて段階を踏んで始めてほしいです。

また山に入ることにおいて、とても重要な知識の一つとなるのが読図です。先ほどの話の中で地図アプリも出ましたが、地図アプリを理解するには二万五千分の一地形図の読図ができることが土台になります。今自分がどこにいるかさえわかれば、人は道に迷わない。地形図とコンパスを用いた読図を一人ひとりが学べば遭難事案も減るでしょう。誰もが気軽に山に入れるようになった一方で、こうした登山の基本を学び、身体で覚えることがより一層重要になったと感じます。そうした学びの場があれば積極的に参加していただけると山の見方も違ってくるので、登山がより面白くなるはずです。

最後に、安全が保障されていない場所で活動するのが登山です。自分の身は自分で守る意識と、心配して待っていてくれる誰かがいることを忘れずに登山を楽しんでほしいですね。

石沢孝浩
山形を拠点に夏山ガイド、冬はテレマークスキーでのスキーガイドを行う。雪崩事故防止講習会を定期開催するほか、東北のスキーガイドを集めたアバランチミーティングの旗振り役も務める。

照井大地
JMGA 山岳ガイドステージⅠ・JMGA スキーガイドステージⅡ

照井大地
photograph by Mihara Junya

これからの季節の登山は特に汗冷えしやすいので、ミドルレイヤー(中間着)には透湿性があって保温もしてくれる素材を用いたフリースを持っていくといいでしょう。特にフード付きなら首周りの日焼けも防げるし何かと便利です。暖をとるという点では、日帰り登山であってもガスストーブはなるべく持参することを推奨したいですね。最近のガスストーブなんて手のひらサイズですから。秋から冬にかけては森林限界よりも低い山への登山者が増えますが、低い山こそ周囲が見えにくく、道迷いしやすいので読図のスキルは、とても大事となってきます。標高の高い山のほうが必ずしも難しく危険かというと、実はそうでもないんです。

リスクというものは、どんなに頑張ったところでゼロになることはありません。例えば荷物を軽くすれば身体の負担が減って歩くスピードも上がりますが、その代わりに何かあった時の備えが足りなかったりする。リスク管理はレーダーチャートのようなもので、どこかを伸ばそうとすればその分どこかが減る。その人の力量やその日の状況によって大きく変動するものなので、ガイドの仕事をするうえでは型にハマらないように常に心がけています。

ガイドの主な仕事は安全管理に尽きますが、「これをやってはダメ」と言うばかりでは面白くありませんよね。自分もこれまで山でたくさんの失敗体験をしてきましたが、失敗から学んだことって忘れにくいんです。幼少期から山や川でそれなりに危ない思いをしてきたことで、危険を察知する力も身に付いてきた実感もあります。だからこそ私が心がけているのは、クライアントに寄り添うガイディング。

あそこに行きたいという本人の意思がなければ、ガイドが一緒であっても山に登ることはできません。私も日頃スキーやクライミング、トレイルランニングなどをしますが、その原動力は「あそこに登りたい、あの斜面を滑りたい」といういたってシンプルなもの。ですが、その欲求が強いほど目標に向かってスキルアップしていくモチベーションにも繋がってきます。アウトドアにおいて最も大切なのは経験すること。どれだけアウトドアで遊んできたかによって、安全性も相対的に上がっていきます。そしてさらに高い目標を目指そうと思ったら、私たちのようなガイドを頼ってもらいたい。

突き詰めていくだけがアウトドアの醍醐味ではありません。下山後のご飯や温泉を楽しみに、旅として百名山を回っている人も多い。そういう自分なりの楽しみを山に見いだせたら、人生がより豊かになると思います。

照井大地
夏はアルプス登山、冬はバックカントリースキーや冬山登山のガイディングを行う。北欧でのヘリスキーガイドトレーニングやヨーロッパアルプスでの登山経験も。

PICK UP COLLECTION

ブランドアンバサダーたちがリコメンドするアークテリクスの革新的なプロダクトを厳選紹介。

アルファパンツ メンズ
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価格:¥59,400(税込)
カラー:Black 重量:220g サイズ:SR / MR
予測不能な厳しいアルパイン環境でも高いパフォーマンスを発揮し、揺るぎない安心感を提供するアルファシリーズ。防水性、防風性、透湿性に優れた3L ゴアテックスに加え、超軽量で耐摩耗性に優れた、LCP(液晶ポリマー)で設計されたグリッド織り素材のHadron™ を採用。素早くウエストを調節できる革新的なウエストシンチに、フルサイドジッパーを備えているので、着脱も簡単。

今まで履いたどの防水パンツとも異なります。防水パンツはどうしてもシルエットが太く、足さばきに影響が出てしまいますが、別次元の立体構造パターンで驚くほど動きやすい(井坂)


マイコン42
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価格:¥39,600(税込)
カラー:Euphoria / Black 重量:970g サイズ:Regular
快適な背負い心地と耐久性・耐候性を兼ね備えたバックパック。整理のしやすさが特徴で、アバランチツールは専用ポケットに、その他のアイテムはゆったりサイズのロールトップ式メインコンパートメントに収納。アルパイン環境を想定して、強度の高いN210r HT ナイロンとN400r-AC2 リップストップを組み合わせて使用。重要な継ぎ目にはテープ加工を施し、ジッパーにはWaterTight™ を採用。

容量もちょうどよく、バックカントリー用のザックとしては非常に完成されています。特にピットチェックのためのアバランチギアの出し入れがスムーズで、とても助かってます(石沢)


プロトン フーディ メンズ
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価格:¥59,400(税込)
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透湿性と保温性を兼ね備え、高負荷の山岳アクティビティに対応するミッドレイヤー・インサレーション。立体構造パターンと生地の伸縮性で、動きやすさも抜群。中綿には80gsmのPrimaloft Gold Active Vent インサレーションを、表面素材には軽量かつ頑丈なFortius Air 20 ナイロンシェルを採用。ヘルメット対応のインサレーテッドフードでさらに保温性も高まっている。

秋冬の山では特に汗冷えの予防が大事になってくるので、保温と通気性を兼ね備えたプロトン フーディがお薦め。レイヤリングが大事ですが、この一着あればカバーできる温度帯が広がります(照井)