Coyote No.85 for Readers「その山はデナリ」

デナリは標高6190.4メートルと、アメリカはアラスカ州にある北米大陸最高峰の山だ。

「デナリ」とはアラスカ先住民アサバスカン・インディアンの言葉で「偉大なるもの」という意味だ。

毎年8センチのスピードで太平洋を北西へと移動する太平洋プレートが北米プレートの間の大きな海溝の下へ沈み込んでいる。アリューシャン列島の火山噴火やアラスカの数多くの地震は、このプレートの沈み込みが起こす断層運動が引き起こしているといわれる。この途方もない力はアラスカの大地を北へと押し上げ、巨大な花崗岩の山塊としてデナリを作り出した。

デナリの裾野には豊かな自然が広がり、野生の領域が長く守られてきた。今は国立公園としてこの一帯には、グリズリー、ムース、カリブー、オオカミなど37種類の哺乳動物とワシやフクロウなど130種以上の鳥類が生息している。標高が森林限界線にあるために、ヤナギランやルビナスなどの高山植物が季節を彩り、ツンドラ地帯にはベリー類が数多く繁茂し、野生動物の主食ともなっている。

「人間の都合を優先してはいけない。野生への侵入は、できるだけ少なくあるべきだ」

野生の手つかずの自然を守るために、長年オオカミを研究している生物学者アドルフ・ムーリーは警鐘を鳴らした。実際デナリでは、昔から大地は動植物の領域とされて、人間はあくまでも来訪者にすぎないという教えが徹底されてきた。

しかしこの1月20日、ドナルド・トランプ大統領は就任初日にデナリを旧称のマッキンリーに戻す大統領令に署名した。マッキンリーは第25代アメリカ合衆国大統領の名で、高い関税を他国にかけたこともあり、トランプが敬愛している人物でもあった。

星野道夫は、自然と人間の関わりとは何かと問い、人間にとってふたつの大切な自然があると言った。

ひとつは、日々の暮らしの中で関わる身近な自然。道ばたの草花であったり、近くの川の流れであったりする。そしてもうひとつは日々の暮らしとは関わらない遥か遠い悠久の自然である。そこに行く必要はない。そこにあると思えるだけで心が豊かになる風景である。それを想像することは暮らしを豊かにすると、彼は言う。星野の未来への羅針盤のようなメッセージを考えると、野生を憂い、その山はやはりデナリでなくてはいけない。

COYOTE編集長 新井敏記

Coyote No.85 特集 Way to Patagonia 1,320円(税込)
ISBN:978-4-88418-643-2 2025年3月15日刊行