本棚と書店員。二つの「本屋のかお」を通して、これからの街の本屋を考える—— 。
「流れ続ける毎日に、そっと栞を差す日になるように」。そんな思いで街の人々に居場所を作る栞日。店長の菊地さんに訊いた、松本の本屋の役割について。
松本駅から約十分。街を囲む美しいアルプスの山稜を望みながら、城下町の整然とした造りの道を歩いていくと、一軒のカフェが見えてくる。ガラス張りの店内を覗くと見える、大きな活版印刷機が目印。カウンターでコーヒーを注文し二階に上がると、本とギャラリーのスペースになっている。通常の書店に並ぶ書籍に加え、小規模出版社や個人の発行する雑誌やZINEも豊富に揃う。印刷物と街への思いについて、店長の菊地さんに話を訊いた。
—— どうして松本で本屋を始めたのですか。
「いつか自分のお店をやりたいという気持ちが最初にありました。でも実は、僕は書店員経験もないし、本に関しては素人でした。それに、松本にはもともと新刊書店も古本屋もひととおりあったので、それ以上本屋は必要なかったかもしれない。でも、店の価値観で本を選んで棚を編集したり、流通に乗りにくいリトルプレスの本などを扱っているところはなかったんです。松本って県外からの移住者が多い街で、大きな街を離れて自分のペースで創作活動をしたいというフリーランスの人も多い。工芸、音楽、演劇などの活動が盛んな街の文化的な雰囲気がその背景にあると思いますが、そういう街で人々の刺激になるような本が手に入る店があったらいいな、と考えました」
—— それで開店したのが五年前。その後、2016年に今の場所に移転されました。
「まずは本と喫茶のお店としてスタートして、開店から半年後くらいに店内でギャラリーも始めました。ただ、少し狭くてお客さんの席が確保できなくなってきたり、もっと色々な本を置きたい気持ちが出てきたこともあって移転を決めました」
—— 心境の変化もあったんですね。
「開業当時は、選書や展示などの指針として『心地よい暮らしのヒント』という言葉を掲げていました。衣食住や旅がテーマの本を中心に、暮らしの中に取り入れたいものを紹介するような柔らかい内容のものが多かった。だけど店を始めて街の人やお客さんと関わる中で、暮らしの中にはもう少し尖った感性や感情があって、一人ひとりの生活はもっと生々しく多様だと感じるようになったんです。それで、今春から『ちいさな声に眼をこらす』というコンセプトに変えました」
—— その言葉の思いを教えてください。
「文芸誌や写真集など、時に極端な表現をするような本も積極的に仕入れるようになって、その中から共通する言葉を紡ぎ出すとしたら“小さな声”だと考えました。それらは共感する人には強く響く一方で、好まれないこともあります。でもいろんな表現を知ってもらう場所になることも、この街の本屋としての役割だと思っています。本から発せられる声をまず自分が受け止め、棚を編集して読者に届けたい。このコンセプトは僕自身の目標でもあります」
<プロフィール>
菊地徹(きくちとおる)
静岡県出身。大学卒業後の就職が縁で松本へ移住。軽井沢のパン屋へ転職し小規模店の運営を学んだ後、松本へ戻り栞日をオープンさせた。毎年、夏に北アルプス山麓で本のフェスティバル「ALPS BOOK CAMP」を主催するなど積極的に活動
【今月の棚】
学生の頃から地方のお店を回るのが好きで、レジ横においてあるような各地の手作りの地方誌などを集めていました。その経験もあって、開業当初から各地域で作られている出版物など、リトルプレスを扱っているんです。それがうちの一つの特徴になっています。
【語りたい3冊】
①『珈琲の建設』著=オオヤミノル(誠光社)最近の独立系書店の傾向として、自ら出版もする本屋が増えてきています。これは京都の誠光社が手がけたコーヒーを切り口にした哲学書のような一冊
②『長い旅』著=ウチダゴウ(してきなしごと)安曇野に住んでいる詩人が、詩から写真、レイアウト、装丁も全て一人で手がけているこだわりの詰まった詩集
③『#イットガーリー』写真=梅澤勉 WEB等で影響力を持つ10代〜20代の女の子を毎号一人ずつ取りあげる、写真のZINEシリーズ。今の時代の一側面を切り取っていると思う
<店舗情報>
栞日
長野県松本市深志3-7-8
営業時間 7:00-20:00 水曜定休
(本稿は10月20日発売『SWITCH Vol.36 No.11』に掲載されたものです)