本屋のかお 伊野尾書店(東京・上落合)

本棚と書店員。二つの「本屋のかお」を通して、これからの街の本屋を考える—— 。連載第30回は、上落合・伊野尾書店。父子二代で築き上げてきた街の書店は昨年、還暦を迎えた。長く親しまれる秘訣は「好き」「面白い」の思いを伝えるまっすぐな姿勢

本屋のかお 伊野尾書店(東京・上落合)
本屋のかお 伊野尾書店(東京・上落合)
本屋のかお 伊野尾書店(東京・上落合)
本屋のかお 伊野尾書店(東京・上落合)
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PHOTOGRAPHY & TEXT: TSUCHIYA MIZUKI

新宿区の北西部、上落合。妙正寺川と神田川が“落ち合う”場所という意味を持つこの街で、父子二代、60年以上愛され続けている一軒の本屋がある。都営大江戸線の中井駅のすぐ隣にある伊野尾書店だ。小型の書店ながらも、雑誌や文芸書、ビジネス本、レシピ本、児童書など幅広いジャンルを網羅する品揃えからは、ここに暮らす人々の顔が見えてくる。二代目主人の伊野尾さんに訊いた、街と本屋の歩みについて。

—— まずは、お店の歴史から教えてください。

「1957年に父が創業しました。当時は長屋のような一つの建物の中に、花屋や薬屋が並んで店を構えていて、その中の一つがうちの本屋でした。二階に店を営む人たちの民家があるような昔ながらの商店で、僕もそこで育ちました。ほとんど場所は変わりませんが、今のビルに移ったのは1999年のこと。都営大江戸線の中井駅が新設される時に立ち退きを言い渡されましたが、父が東京都と交渉して、土地の一部は駅に譲り、残りの一部はビルを建て、そこで商売を続けることになったのです。お客さんは、地元の方や電車の乗り換えで駅を利用する人が多いので、この場所に店があることにはすごく意味があります」

—— 伊野尾さんがそんな家業の書店を継ぐことになった経緯は。

「父が配達中にバイクで転んで怪我をしてしまったのがきっかけで、店を手伝い始めました。それまで店を継ぐなんて全く考えていませんでしたが、働くうちに本屋の主人もいいかな、なんて思い始めて。大学生になるまではろくに本も読んだこともなくて、手に取るのは漫画と『週刊プロレス』くらいだったんですけどね(笑)」

—— 子どもの頃から大のプロレス好きだったとお聞きしました。

「もう十年前になりますが『本屋プロレス』というイベントをやりました。本屋でプロレスをやるという突拍子も無い試みで、とても盛り上がった。DDTというプロレス団体の代表である高木三四郎さんが出した本の宣伝でしたが、僕がプロレス好きなことが出版社の営業さんから編集の方に伝わって実現しました。天命でしたね(笑)。最近はイベントをやる書店も多くて、うちも年に何回かトークイベントなどを開いていますが、良い内容にしようとすると結局、自分の好きな人をゲストに呼んだり関心のある内容のイベントしかやれないんですよね」

—— 好きなものを伝えたいという姿勢は、伊野尾さんの選書や書評にも表れています。

「単純に自分が面白かった本を紹介しているだけです。感銘を受けた本の宣伝文を考えてPOPを作ったり、印象的な本は定期的にブログでも紹介します。読んで感動した勢いで、深夜にラブレターを書くみたいに綴ると、思いが伝わる気がします(笑)。お客さんに少しでも魅力が伝わっていたら嬉しい。これからも続けていきます」

伊野尾書店で本を買うと、一冊一冊丁寧にカバーを掛けてくれます

<プロフィール>
伊野尾宏之(いのおひろゆき)

1974年生まれ。プロレス雑誌の記者を目指すも、最終面接で落とされフリーターに。実家の書店で働き出して今年で20年。昨年から代表取締役も務める。「伊野尾書店WEBかわら版」で店の情報発信や書籍の紹介を続けている

【今月の棚】

世の中の話題や流れを意識しつつ、立ち寄ってくれた人が気になって足を止めるような棚作りを意識しています。「出版社の人が選んだあまり売れていないけど面白い本」フェアは好評で、SNSでも話題になり、出版社にも読者にも喜んでいただきました

【語りたい3冊】

本屋のかお 伊野尾書店(東京・上落合)

①『じっと手を見る』著=窪美澄(幻冬舎)人間のもつ薄ら暗いところを描くのが得意な窪さんの作品。今年一番心に響きました 

②『ドラガイ』著=田崎健太(カンゼン)入団当初注目されていなかった“ドラフト外”選手6人のノンフィクション。野球の話だけでなく、彼らを取り巻く人間関係が面白い

③『年上の義務』著=山田玲司(光文社)ただ年上だからという理由だけでは尊敬されず、年齢や年収などの数字よりもパーソナリティが重視される時代の今、仕事をする中で年長者がどう振る舞えばいいのか書かれています

<店舗情報>
伊野尾書店
東京都新宿区上落合2-20-6
営業時間 10:00-21:00 日曜定休

(本稿は11月20日発売『SWITCH Vol.36 No.12』に掲載されたものです)