本棚と書店員。二つの「本屋のかお」を通して、これからの街の本屋を考える—— 。「日暮らし居ても飽きない場所」という意味を持つ街、日暮里。おいしい香りの漂う「パン屋の本屋」で一日を過ごせば、この街にもっと居たくなる
PHOTOGRAPHY & TEXT: TSUCHIYA MIZUKI
町工場や住宅が混在し下町の風情が残る地域、荒川区日暮里。その一角に商業施設「ひぐらしガーデン」はある。商業施設といっても、入っている店舗は「パン屋」と「本屋」だけ。コテージを思わせる温かみのある黒い木造の建物とウッドデッキ、芝の敷かれた中庭からなるこの空間は、近隣に暮らす人々の憩いの場になっている。この日も中庭で遊ぶ子どもたちの賑やかな声で溢れていた。「パン屋の本屋」の店長・近藤さんに訊いた、この街とお店のこと。
—— まず、“パン”と“本”というコンセプトはどうやって生まれたのでしょうか。
「ここはもともと百年続いたフェルト工場でした。その跡地に日暮里の人の暮らしが豊かになるような時間を過ごせる場所を作ろうとオーナーが考え、“パン”と“本”を思いついたそうです。日暮里は昔ながらの町工場がたくさんある地域ですが、その衰退とともに一度は人口が減少してしまいました。しかし近年、再開発で大きなマンションが建ち始め、若い家族が増えてきた。そこで、お子さんを連れたお母さん同士がお茶をしたり、近所の方がゆっくり本を読む時間を楽しんだりする場所として、2年前にオープンしました」
—— どんな本を扱っていますか。
「『パン屋の本屋』という名前なので、パンに関する本ばかり置いてある店と思われてしまったり、子どもたちには『絵本屋さん』なんて呼ばれたりしていますけど(笑)、特定のジャンルに絞った選書はしていません。欲しい本が手に入り、なおかつ知らなかった本との新しい出会いもあるような、老若男女誰でも来ていただける、街に根ざした本屋を目指しています」
—— 中庭で遊んでいる子どもたちが、店内の近藤さんに「こんにちは!」と挨拶をしていく姿が微笑ましいです。
「小さな赤ちゃんからお年寄りまで、こんなにあらゆる年代の人に出会える場所ってあまりないと思います。本についてお客様に教えていただくことも多くて、そうした対話や距離感がとても心地良い。今朝もここで本を買って、パン屋のカフェで読書をしながら一休みしているおじいさまがいらっしゃいました。そういう様子を見ると、とても幸せな気持ちになります」
—— 「パン屋の本屋」らしい光景ですね。
「ブックカフェと違ってうちの本屋の店内では飲食はできませんが、パン屋と同じ空間に共存し、お互いに協力し合っているという絶妙な距離感が独特で面白いところです。先日は、新刊の絵本に登場するパンを職人さんに商品化してもらい、パン屋と一緒に刊行記念フェアを開催するなど、『パン屋の本屋』だからこその企画もありました。こうした共同の試みは初めてでしたが、とても好評だったので、これからも本を知ってもらうきっかけとして、ここだからこそできることをやっていきたいです」
<プロフィール>
近藤裕子(こんどうゆうこ)
昭島市出身。大学生の時に地元の書店でアルバイトを始め、一度は他の仕事に就職するも再び書店員に。2017年から現職。全国津々浦々、書店を訪ね歩くことをライフワークにしている。手先が器用で、店の飾りを手作りしたり洋裁もする
【今月の棚】
「パン」にまつわる本を集めた棚です。「パン」というキーワードで本を集めると、小説から料理本までジャンルを横断して驚くほどたくさんの本があります。理由はわからないけれど、パンと本は相性が良いんだと思います。本を開きながら片手で食べられるから?
【語りたい3冊】
①『カラフル』著=森絵都(文藝春秋)物事をどんな色に見るかは受け止め方次第。重く複雑に受け止めてしまうようなことも、主人公のように「人生はホームステイ」とシンプルに軽やかに捉えたい
②『街と山のあいだ』著=若菜晃子(アノニマ・スタジオ)山と自然に生きる著者の、品のある言葉と身体性を伴った美しい文章に魅かれました
③『生きるように働く』著=ナカムラケンタ(ミシマ社)プライベートと仕事という軸で人生を分けるのではなく、「楽しむ」「つくる」という視点を大切にしていきたいと感じた一冊
<店舗情報>
パン屋の本屋
東京都荒川区西日暮里2-6-7 ひぐらしガーデン1階
営業時間 10:00-18:00 月曜定休
(本稿は2018年12月20日発売『SWITCH Vol.37 No.1』に掲載されたものです)