作家・戌井昭人と写真家・浅田政志が毎回多彩な表現者をゲストに迎え、そのルーツに迫る—— 。雑誌「SWITCH」で好評連載中「SWITCH INTERVIEW」。今回は9月20日発売の「SWITCH Vol.37 No.10 特集 北村道子 SCIENCE FASHION」の刊行を記念し、スタイリスト・北村道子をゲストに迎えた第30回を特別にWEBで公開します。日本を代表するスタイリストの知られざる幼少期から、洋服の世界に入るまでの想像を上回る半生。ぜひお楽しみください。
文=戌井昭人
写真=浅田政志
パワフルで、楽しくて、チャーミングな北村道子さん。
話をしていると、予想もつかない方へ、どんどん展開して、ひろがっていくのです。
カウンターカルチャーで、地球で、宇宙で、山で、空で、砂漠で、昔で、未来で、すべてが、ごっちゃごちゃになっていくのだけれど、それらが解放されて、眼前に、放り出されていく感じです。
無理にまとめる必要なんてないんだ。
そこにあるそれは、すでにそれなのだから、と思う次第でした。
ブレがない、北村さんの話はおもしろい。そして格好良い。
北村さんに憧れている人はたくさんいます。
わたしは、北村さんのことを、方々で聞いていて、今回初めてお会いしたのですが、その理由がわかりました。
すぐさま憧れの人になりました。
北村さんとは、住んでる場所が近くて、公園をよく歩いているとのことなので、後日、わたしは自転車で、その公園うろうろしながら、北村さんいないかなあと思ってました。
でも会えませんでした。それから今度は、北村さんが、よく行くと話していた蕎麦屋へ向かいました。
その蕎麦屋は、自分もたまに行ってたお店でした。
鴨南蛮そばを食べながら、北村さん、来ないかなと思ってました。 こんな感じで、この前会ったのに、また会いたくなる人であります。
(戌井昭人・記)
写真家の浅田くんとタバコを吸っていました。
それで、なんとなく、いつからタバコを吸っているかという話になりまして。
「あたしは、小学校5年からだな」(現在、北村さんは吸っていません)
「え?」
「それも、うちの父親が吸ってた、『光』ってタバコ」
「小学校ですか!」(浅田くんも驚き)
「うちは実際は3人兄妹で、一番上に男の子がいたんだけど、乳飲み子のときに死んじゃったんです。でも、うちの父は、どうしても男の子が欲しかった。それで父は不器用だったから、最初、タバコから交流がはじまったんだ」
「北村さんを男の子として育てたかった」
「そうなの、だからあたしも言われるがまま吸ってさ、父が『美味い』とか言って、あたしも『美味い』とか言ってた」
「タバコを美味いという小学5年生」
「うちの父は、38歳で死んじゃったの、だから、父が、あたしに遺した言葉は、『タバコは美味い』です」
インタビュー場所では、スイッチ編集長の新井さんが、色とりどりの練り切り菓子を用意してくれました。
「どうぞ、お好きなの食べてください」と新井さん。
「じゃあ、仲間はずれの、この子にしよう」
北村さんは、地味な練り切り菓子を手にしました。優しい人なんだなと思った。
「フォークかなにか用意しましょうか」と新井さん。
「いらないよ」
北村さんは、手でつまんでパクリと、それを食べました。格好いい人だなと思った。
「京都の菓子屋って、なにも置いてないじゃないですか」
北村さんが言うのは、茶道の菓子などを売っている、老舗の菓子屋。
「若いとき、京都ぶらぶら歩いてて、菓子屋に入ったの、そしたら、なにもなくてさ、『なんだ、なんのサンプルも出てないんだ』『なんにもないなんて、勝手な店だな』とか言ってたら、主人に聞こえたらしくて、怒られました」
「あらら」
「でも、その後、1時間くらい主人と話をして、お菓子を1個出してもらったことがあったな。金沢は店に飾ってあるけど、それが裏日本と、雅の京都との違いなんだなって思った。あたしは田舎もんだから」
「北村さんは、石川県の金沢出身」
「そうです」
「金沢にも、そういうお茶の文化とかありますよね」
「でも、あたしは貴族じゃない。そこはすごく意識してます。日本にはあまりないけど、一歩外に、海外とかに出ると、そういうクラス(階級)があるじゃないですか」
「はい」
「だからって、地方の人が、方言を隠したりするのもよくないと思う」
「そのままでいい」
「うん。イギリスなんて丸出しじゃないですか、ああいう方が楽だなって思う。いくら気取ったって、まずしい奴は、まずしいんだ、でもそれで良いんだ。それが、ちょっと格好つけて、見栄を張っちゃったりしてるけど、そのままの方がいいじゃない」
北村さんは、以前、リトルモア(出版社)から出ていた『真夜中』という雑誌で、迷う若者たちの相談を聞き、彼らに衣装を着せるという連載をやっていました。
「レズビアンで悩んでるとか、ゲイなんだけどどうしようとか。で、悩みを聞いた後に衣装を着せるのね」
「とても面白いコーナーでした」
「でも現場ではね、仕事が終わったら、自分の方が人生相談してもらってた。それで、『そういう生き方してるの結構きつくないですか』とか言われたりして」
北村さんは、どのような感じで育ったのか。
「あたしの本籍地は、いま金沢駅になってます。産まれてくるときは、うちの母が、男の子を産まなかったらどうなるのか、となっていて」
「男子を産むのを期待されてた」
「大正生まれの人は、女は長男を産むものだというのがあった」
「なるほど」
「でも産まれないから、母はノイローゼみたいになってたんだ」
「辛いですね」
「だからね。あたしは産まれたときは、『オギャア』って言わなかった。それを逆さ吊りにしてね、叩いて『オギャア』だった。たぶん母親のところから出たくないって思ってたのかも。それでね、あたしは途中まで、母とは異なった人に育てられたの」
「そうなんですか」
「はい。でね、3年くらい経って、父が連れにきた。だから家族ってのが、よくわからなかった。戻ってきても、ご飯の『おかわり』が言えなかったりして」
「育ててもらったところは、どんな家だったのですか?」
「富山電力の人だった」
「お金持ちだ」
「そうです。普段から蝶ネクタイで、西洋式のハンバーグとか出てたし」
「で、3年後に」
「3年後に戻ってきたら、ちゃぶ台にいわしで、『いただきます』って感じでした」
実家に戻った北村さん。
「アルバム見ようとか言われても、そこにあたしの写真はないの。だから、いつかここから出ようと思ってた」
「どんな子供だったのでしょう?」
「教室では、あいうえお順で席に並んでたんです。で、あたしは、『き』で、横にオトマルジュンイチ君というのがいました。その隣同士、キタムラミチコとオトマルジュンイチが劣等生だった」
「二人並んで」
「でもね、オトマルくんの描く絵が面白くて、『面白いじゃん、あたしのはどう』って見せたら、『屈折してる』と言われた。とにかくその2人は独特で、2人で同じようなことをやってたな。アレなんなんだろう。いつもみんなと違うこと、先生に言われたことと違うことをやってました」
「キタムラ、オトマル」
「学校に、ドイツでシュタイナー教育をやってた水田先生という人が、金沢を経由して男鹿半島に戻るとき、うちの学校にやってきたんです。そして、あたしたち劣等生をみることになります」
「シュタイナーで」
「それが最高だった。蓄音機をかけて、『この教室を空間にしよう。身体動かして、踊りましょう』とかいわれて、ふたりで踊りだしたりして」
「オトマルくんと」
「そう。なんで、そこまで、オトマルくんを覚えてるかというと、フランスのグルノーブルで、トニー・ザイラー(スキー選手・俳優)のドキュメンタリー映画を観てたの、その最後に、フォトグラファー、オトマルジュンイチって出てたのよ」
「一緒に、踊ってた人だ」
「でね、トニー・ザイラーが踊るようにスキーをやっているのと、子どものとき、先生に言われてふたりで踊ってたのが、シンクロしたんです」
「水田先生は、どんな人だったの?」
「とにかく面白かった。魯山人みたいな感じで、あたしのこと『花子ちゃん』って呼んで」
「花子ちゃんじゃないですよね、道子ちゃんですよね」
「そうなの。『あたしは花子じゃない』って言っても、『いや、あなたは花子ちゃん』って言って、頬ずりしてくるの。で、ヒゲが痛いから『痛い痛い』って言ったら、『痛いのは、大きくなったら快感になるんだから』って」
「そんな水田先生のおかげで」
「いまのあたしが、こんな性格になった。先生には『いいんだ、自分の生き方で』って言われてたの、『じゃあ、自分の生き方ってなんですか?』って訊いたら、『自分で考えろ』って」
「禅問答みたい」
「あとね、水田先生って呼んだら、『水田でいいんだ、水田って呼べ』って。だから新井さん(スイッチ編集長)のことも『新井!』って呼び捨てにしてんだけど」
後編へ続く
北村道子
1949年石川県生まれ。『それから』(85)以降、『幻の光』、『殺し屋1』、『アカルイミライ』など数々の映画衣装を手掛ける。2007年には『スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ』の衣裳で第62回毎日映画コンクール技術賞を受賞。作品集『tribe』(朝日出版社)、著書『衣裳術』『衣裳術2』(リトルモア)など
戌井昭人
1971年東京生まれ。作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の旗揚げに参加、脚本を担当。『鮒のためいき』で小説家デビュー。2013年『すっぽん心中』で第40回川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第38回野間文芸新人賞を受賞。最新刊は『ゼンマイ』
雑誌「SWITCH」北村道子特集号 好評発売中!
SWITCH2019年10月号はスタイリスト・北村道子が展開するファッション特集。テーマは「SF(サイエンス・フィクション)」ならぬ「SF(サイエンス・ファッション)」。レイ・ブラッドベリやフィリップ・K・ディックらの古典SFの名作に着想を得て、2019年ファッションの想像力を引き出す衣裳術をここに。
商品ページ:SWITCH Vol.37 No.10 北村道子 SCIENCE FASHION