現在全国の映画館で上映中のドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』。来日していた監督ニテーシュ・アンジャーンが、10月17日に昭和女子大学日本語日本文学科で特別講義をおこなった。彼が映画監督になるまでの経緯や、村上春樹作品への思い、映画制作時のエピソードなどが語られ、学生から投げかけられた質問に答えながらコミュニケーションが交わされる貴重な時間となった。
ニテーシュ・アンジャーンは1988年にインド系移民の第3世としてデンマークで生まれ、デンマーク国立映画学校を卒業。小説家を目指し活動すると同時に、祖国インドに帰国する父親を追ったドキュメンタリー映画『Far from Home』を制作し映画監督としてデビューする。2017年に村上春樹や村田沙耶香など多くの現代日本文学作品をデンマーク語に翻訳するメッテ・ホルムの姿を追った、自身2作目となるドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』を完成させた。
「私はヒンドゥー語やデンマーク語など複数の言語が自分の頭の中に混在しています。だから、文学という言葉だけの表現よりも、映像で表現することの方が私にとって自然な言語だったんです」と映像制作をするようになった背景から語りつつ、言葉で表現された空想の世界を映像に捉え直すことの難しさについても触れた。
「例えば『かえるくん、東京を救う』の体長2メートルにもなるカエルが立っている姿を描く時、小説の中で言葉で表現されていたものを、三次元の映像にするためには、筆者や読者の頭の中だけでなく、実際に見て、聴いて、感じるという体験になるため、工夫が必要でした」。
『ドリーミング村上春樹』はドキュメンタリー映画でありながらも、CGのかえるくんや、2つの月(村上春樹『1Q84』より)が映像に登場するなど、フィクションの要素も備えた映像作品だ。かえるくんがビルの屋上から東京の夜景を見下ろすシーンは、ニテーシュが眠っている時に夢見た映像を再現したもの。彼にとってドキュメンタリーとフィクションに明確な境目はなく、どちらも私たちにとってリアルな世界なのだと語る。
また、日本での撮影を振り返り、その際に見出したこの映画の核となるテーマについても話が及んだ。
「日本での撮影は東京、神戸、京都の3都市で12日間行いました。もともと計画していた撮影やインタビューは結果的につまらなくなってしまい、使われなかった素材もあります。一方で、タクシードライバーとメッテのやりとりなど、予定していなかった出会いが結果的にとても意味深いものになり、映画の重要なシーンとなりました。例えば、偶然入ったバーに居合わせた村上春樹作品のファンの男性とメッテの会話は印象的でした。メッテは翻訳するために、言葉や文化のわからない部分を徹底的に追及します。『わからない』を何度も繰り返す。それに対してこの男性は、村上春樹の小説は何度も繰り返し読んでいるし、自分は日本語のネイティブであるけれど、それでも自分にもまだわからない部分はあるのだと語ります。そんな彼らのやりとりは、この『ドリーミング村上春樹』が言葉や想像についての映画であると同時に『理解すること』についての映画だと気づかせてくれました。どれだけ努力しても理解しきれない部分があるということを教えてくれたし、しかしその『理解すること』への探求の美しさが、まさにこの映画で表現されるべきことだとわかったのです」。
©︎Final Cut for Real
最後に、ぜひ映画館にて『ドリーミング村上春樹』を観ていただきたいと話し、日本の学生と交流できた機会への感謝の言葉とともに講義が締められた。
映画『ドリーミング村上春樹』は新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー中。詳細は公式HPへ。
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また、SWITCH vol.37 no.11では映画に登場する翻訳家メッテ・ホルムのインタビューを掲載中。こちらも合わせてお楽しみください。