【MONKEY特別企画】作家マシュー・シャープ インタビュー Vol.2「物語とは何かを探り出すための新たな実験室」

スイッチ・パブリッシング オンラインストアで文芸誌『MONKEY』を定期購読頂いている方限定のコンテンツ、「マシュー・シャープの週刊小説」。MONKEYでもおなじみの作家マシュー・シャープが、自身のウェブサイトで2013年からの約1年間、毎週アップし続けた短篇小説連作Very short stories r usを、MONKEY責任編集の柴田元幸が毎週一本翻訳する。昨年10月より更新を重ねてきた本作が、このほど全52回をもって完結したことを記念し、柴田元幸が著者のマシュー・シャープをインタビュー。連作を執筆することになった経緯から、“超短篇”というフォーマットに対する見解まで、さまざまな視点で話を訊きました。
(2019年11月2日メールインタビュー。訊き手・訳=柴田元幸)

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<著者プロフィール>
Matthew Sharpe(マシュー・シャープ)

1966年生まれ、ニューヨーク在住の作家。植物人間になりかけた父親を少年が世話するThe Sleeping Father (2003)、ポカホンタスと9/11と悪夢的未来が入り交じったJamestown (2007) など、これまでに長篇4冊と短篇集1冊を発表している。日本版MONKEYにもこれまで5回登場。

 

フラッシュ・フィクションという形式

—— 分類としてはこれらは「フラッシュ・フィクション」〔「超短篇」の一番一般的な呼び方〕ということになるのだと思います。でもそういうレッテルを貼られた世の作品とは、だいぶ違った感じがします。そのあたり、どう思われますか?

MS これはどう答えたらいいかわからないな。この質問、投げ返してもいいかな? 君から見て、ほかのフラッシュ・フィクションとはどう違う?

〔柴田〕フラッシュ・フィクションというのはごく短い形式なので、すべてがきっちりコントロールされているという印象を受けがちです。すごく短いから、作者はすべての細部に細心の注意をもって取り組めるはずだ、というふうに。もちろんあなたが細部に注意を払っていないとは言いませんが、あなたの超短篇を読み終えると、この書き手は自分を開いたんだな、自分の中にある何かを解放したなと感じられます。で、読む方もある種の解放感を得ることになるのかなと。


 まあもっとも、いま言ったような「普通の」フラッシュ・フィクションの特徴は、次の回答であなたが挙げているような最良の作家には当てはまらないけれど。

—— 超短篇を書く作家で、特に好きな人はいますか?

MS 20年前のある日、日暮れどきに母親の家のポーチに座って、裏庭で兎たちが跳ね回るのを眺めていたら、マウリツィオ・ポリーニの演奏するショパンの「エチュード」のCDがそこにあるのが目にとまりました。どんな音楽だろう、と思ってラジカセでかけてみたら、これがもう素晴らしくて、「こういうのを文章でやれたらいいだろうなあ」と思いました。……まあとにかく、超短篇を書く作家たちですよね。僕にはとうてい彼らのようには書けないけれど—— 川端康成、カフカ、グレイス・ペイリー、ジェイムズ・テイト、ポール・レプスが編纂した匿名作者たちによる禅物語アンソロジーZen Flesh, Zen Bones(禅の肉、禅の骨)、ラッセル・エドソン、ヴァージニア・ウルフ、ラングストン・ヒューズ、ピーター・ケアリ、バリー・ユアグロー、スチュアート・ダイベック、ルーシー・コリン、ローリー・ストーン……。僕はジョークも収集していて、ジョークという形式にも影響を受けています。

【MONKEYではこれらの作家の超短篇を、以下の号に掲載しています。2号:ラッセル・エドソン「中毒」「犬たち」「飢え」「自然」「変容」「太った婦人が歌うのを待って」/5号:ヴァージニア・ウルフ「幽霊屋敷」/6号:スチュアート・ダイベック「ヒア・カムズ・ザ・サン」/9号:グレイス・ペイリー「この国で、しかし別の言語で、私の叔母は、みんなが薦める男たちと結婚することを拒否する」「これは玩具考案者である私の友人、ジョージのお話」、バリー・ユアグロー「プライベート・ツアー」/15号:ユアグロー『いくつかの奇妙な物語』(全7篇)/16号:ユアグロー「ユダの別バージョン」/18号:ユアグロー「路上で」「ヒキガエル」「宇宙で」。グレイス・ペイリーのみ村上春樹訳、ほかは柴田訳】

—— 毎週ウェブに上げているあいだ、何か面白い反応はありましたか?

MS 友人のマークから聞いたのですが、脳腫瘍で死にかけていた我々の共通の友人レイにマークはいくつか朗読して聞かせたそうです。バーバラは亡くなった母親の枕元で一晩過ごしたときにこれを読んだそうです。死のそばにいる人たちにこれらの物語が役立ったと知って嬉しかった。

—— こういうタイプの作品書くことを、作家志望の若手に勧めますか?

MS イエス。僕がやったように、自分にちょっとした課題を与えるといい。毎日ショートショートを一本、20日間書くとか。一日一日が、物語とは何かを探り出すための新たな実験室なんです。

—— 日本の作家、映画監督、ミュージシャンで特に好きな人は?

MS 人類の致死的な進化上の欠陥に対する、勝利しようのない戦いに携わる戦士たらんと企ててそれに挫折するなかで励ましを求めるとき、僕は村上春樹の「かえるくん、東京を救う」を読みます。悲惨な事態が描かれてはいても声とジャンルの華麗なコラージュによって悲惨さが打ち消されているのを見たいときは、安部公房の『箱男』を読みます。速さと圧縮の楽しみを得たければ川端の『掌の小説』を読みます。あまりに忙しい生活にあっても、過去の詩人たちを訪ねれば静けさのなかへ落ちていくことができます――松尾芭蕉、小林一茶。一茶の、蜘蛛や蠅やカタツムリに語りかける俳句は特に好きです。そして、英語版『モンキー・ビジネス』のおかげで、円城塔、古川日出男、松田青子、伊藤比呂美をはじめ多くの作家に出会うことができました。彼らは、ストーリーテリングの限界をめぐる僕の考えを揺さぶってくれます。

日本の文学や文化に詳しいなどと言う気はありません。詳しくないですから。でも日本の作家や芸術家との出会いのいくつかは、僕のなかに深い印象を残しました。顕著な例をひとつ挙げると——

1984年、ロンドンで僕は、舞踏家の田中泯と、アメリカのジャズ・サキソフォニストのスティーヴ・レイシーのコラボレーションを見に行きました。小さな前舞台の天井から、繭みたいな袋が吊されていて、パフォーマンスの最初の45分くらいかけて、田中は身をよじらせて袋から出て、それから、袋から砂がゆっくり流れ出るなか、腹を下にして徐々に舞台に降りてきました。その間ずっとスティーヴ・レイシーは、バルコニーをさまよいながらソプラノサックスを吹いていました。終わって観客が拍手すると、田中はお辞儀する代わりに、僕たち観客を指さしました—— あたかも、このパフォーマンスはお前たちを表現したものだったのだぞ、と諭すかのように。本当にそのとおりだったのです。

 
 

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マシュー・シャープの週刊小説5

 
 

『マシュー・シャープの週刊小説』52篇に、書き下ろしを加えて再構成、全75篇を一冊に。

へんてこ・・・・だけど繊細、クスッと笑えて、どこか胸を打つ。訳者・柴田元幸が「いつか紹介したかった」と語る現代アメリカの作家、初の邦訳短篇集。

マシュー・シャープ『戦時の愛』
2021年6月30日発売
2,750円(税抜2,500円)

 
 

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