「ギフトにうってつけのバンドデシネ」—フランス大使館 サラ・ヴァンディ & カミーユ・レギユ


 
もうすぐクリスマス。大切な人への贈り物を考えていらっしゃる方も多いかと思います。

さて、我々「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」編集部は今年8月にシリーズ第4巻目となる『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES バースデイ・ガール』を刊行しました(ご愛顧いただき本当にありがとうございます!)。物語の内容から「これは誕生日プレゼントとしてうってつけの一冊だぞ!」と意気込んでいます。

しかし実はバンドデシネ(以下BD)はフランスやヨーロッパでは、誕生日はもちろん、クリスマスのギフトブックとして長い歴史と人気があると、以前取材を行ったユーロマンガ代表のフレデリック・トゥルモンドさんがおっしゃっていたことを思い出し(フレデリックさんインタビューはこちら。いやあ、アニメ版『ラディアン』、ついに始まりましたね!)、「日本にもその美しい文化を普及させたい! そうすればもっとBDが盛り上がるに違いない!」と考えた私たちは、日仏交流160周年を迎えたこの節目の年にフランス大使館の文化部のサラ・ヴァンディさんとカミーユ・レギユさんに、ギフトブックとしてのBDについてお話を伺いました。少しでもプレゼント選びのご参考になれば幸いです。

アンスティチュ・フランセ東京へ

—— 今日はお忙しいところありがとうございます。

サラさん & カミーユさん こちらこそありがとうございます

左からカミーユさん、サラさん

—— しかし素敵な図書館ですね。ここはどういった場所なんですか?

サラ「ここはアンスティチュ・フランセ東京の中の『メディアテーク』という図書室です。フランス語の原書は文学、美食、料理、アート、旅行など多岐にわたるジャンルで約2万点蔵書しており、さらにバンドデシネと絵本はあわせて約2千点ございます。貸し出しのみ会員登録が必要ですが、基本的にはどなたでも無料ですべての資料を閲覧いただけます。フランス映画やフランス音楽も楽しめる、国内最大級のフランス語図書室です」

—— ここに来ればフランス文化にどっぷりと浸かれるし、お気に入りのBDも見つかる。しかも無料で。最高です。

カミーユ「翻訳本も多数揃えているので、フランス語がわからなくても、フランス文化に少しでも興味があれば、ぜひ来ていただきたいですね」

*「メディアテーク」ホームページはこちら

—— サラさんとカミーユさんは普段はここでお仕事をされていらっしゃるんですか?

サラ「いいえ。普段は広尾にあるフランス大使館にいます。メディアテークではイベントなども行っているので、その時にはこちらに来ています。ちょうど現在、年に一度のフランス文化の祭典『読書の秋2018』が開催中です。メディアテークで開催されるイベントもあるので、ホームページをチェックしてみてください」

カミーユ「今年も海外から豪華アーティストをお呼びしています。日本の漫画家とのコラボレーションも」

—— どういった作家の方がいらっしゃるのでしょうか?

カミーユ「そうですね。BDでは『ラディアン』の作者、トニー・ヴァレントさんが来日し、『貧乏神が!』や『双星の陰陽師』などでおなじみの助野嘉昭さんとの同世代漫画家対談が実現します。また文学では昨年『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』でルノドー賞を受賞したオリヴィエ・ゲーズさんと平野啓一郎さんの対談があり、それはここ、アンスティチュ・フランセ東京で開催されます」

—— フランスと日本、それぞれの国を代表する作家同士の交流に胸が高鳴りますね。

*「読書の秋 2018」公式ホームページはこちら

—— ちなみにお二人は普段どのようなお仕事をされているのか少しだけ教えてくれませんか?

サラ「大使館にはたくさんの部署がありますが、私とカミーユは文化部に属しており、私は本とディベートを担当しています。カミーユは本に特化していますね。フランスはもちろん、カナダ、スイス、一部のアフリカなどフランス語圏の本を日本で出版するためにエージェンシーや出版社と仕事をしたり、『読書の秋』のようなイベントの企画・運営を行なっています」

—— ではサラさんとカミーユさんはひょっとして今一番忙しい時期なんじゃ……。

サラ & カミーユ「(笑)」

—— すぐに始めさせていただきます!

バンドデシネの歴史

—— 僕たちは「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」という村上春樹さんの短篇小説をフランス人アーティストJc・ドゥヴニさんとPMGLさんがBDにするというシリーズを刊行していて、先日4巻目が発売しました。こちらのタイトルが『バースデイ・ガール』といいます。

サラ「そのシリーズのバックストーリーは面白いなあとずっと感じていました。村上春樹さんはもちろんフランスでも大人気の小説家です。それをフランス人がBDにして日本で出版をするという、日本文学とフランスアートのクロスオーバーですよね」

カミーユ「イラストレーションはとてもフランス的な上、BDというスタイルでの出版。日本の読者にはすべてが新鮮であると思います。このタイトルが言うように、バースデイ、そう、プレゼントにぴったりだと思います」

—— BDをプレゼントするという文化はどのようにして始まったのでしょうか?

カミーユ「私の考えではそれはBDの歴史が起因していると思います」

—— BDの歴史ですか。

カミーユ「はい。BDや漫画、コミックスは19世紀初頭に活躍したスイス人・ロドルフ・テプフェールよりはじまったといわれています。彼はコマ割りを発明し、当時の人々を楽しませるためにBDや漫画、コミックの原型となるようなスタイル、つまりコマで絵と文が進行するストーリーを生み出しました。その後海を渡り1842年にアメリカでそのスタイルを用いたものが誕生し、これが後のコミックスとなります。1910年ごろにフランスで『ベカシン』というBDシリーズが新聞連載で生まれ人気を博し、さらに1945年以降にベルギーで『タンタン』、そして『スマーフ』。フランスでは『アステリックス』が誕生し、世界中で人気となりました」

—— 戦後の人気作を見ると、つまりBDはもともとは子ども向けの作品がメインで、それを親が買い与える、といった流れからプレゼントとして定着していった、ということですか?

カミーユ「そうですね。ただ1970年ごろにBDの改革があり、多くの作家がBDは子ども向けのものだけではないと提唱し、大人向けの作品が登場します」

—— 聞いたことがあります。メビウスさんなどですよね。

カミーユ「はい。たくさんの作家がBDを研究し直しました。なので70年代以降、大人が子どもに与えるのではなく、自分が読むためにBDを買うようになってから、よりギフトブックとして広まっていったと考えることができます」

ギフトブックとしてのバンドデシネ

—— 大人向けのBDと子ども向けのBD。老若男女問わず人気となったBDはクリスマスの定番ギフトとなっていきます。

サラ「BDはクリスマスで最も人気のギフトです。例えば昨年はクリスマスのベストセラーブックス20作のうち6作がBDでした。特に『アステリックス』の新刊と『タンタン』のクリスマス新装版は毎年の定番です。エンキ・ビラルの新刊『バグ』もよく売れました」

左から「タンタン」、「アステリックス」

—— どうして『アステリックス』や『タンタン』は定番なのでしょうか? 歴史が長いから?

サラ「それもあります。『アステリックス』や『タンタン』は一見子ども向けですが、普遍的なユーモアに溢れていて読者の年齢を問いません。『タンタン』は『アステリックス』に比べると少しシリアスですが。また『アステリックス』のユーモアは複雑な時もあり、そこも大人に支持されています。このように子どもから大人まで楽しめるBDなので定番になっていると言えます」

—— お二人は実際にBDをプレゼントしたことはありますか?

サラ & カミーユ「もちろんです」

—— どんなBDをプレゼントしたのか、ちょっぴり拝見させてください。

カミーユ「では私から。今年の弟の誕生日にファビアン・ニュリ作、ティエリ・ロバン絵の『スターリンの葬送狂騒曲』(大西愛子さん訳。大西さんのインタビューはこちら)をプレゼントしました。弟は歴史が好きなので、ぴったりだと思って」

『スターリンの葬送狂騒曲』作:ファビアン・ニュリ 絵:ティエリ・ロバン 訳:大西愛子 発行:小学館集英社プロダクション

サラ「私はセシル・ブランとオリヴィエ・ピシャールのアーティストチーム“アトリエ・セントー”による『鬼火 フランス人ふたり組の日本妖怪紀行』をいとこにプレゼントしました。この本は新潟が舞台です。いとこは日本が好きなので、日本の風景が描かれている本作を喜んでいました」

『鬼火』作:アトリエ・セントー 訳:駒形千夏 発行:祥伝社

—— 歴史と旅行記。BDはプレゼントしたい相手の趣味や興味にバチっと当てはまる作品が多いと感じました。

サラ「またこちらのLI-CHIN LIN作の『FORMOSE』は私が台湾の友達に貸してもらった本です」

『FORMOSE』作:LI-CHIN LIN

サラ「これはフランスに住んでいたことのある台湾人作者の、フランスと台湾の文化の違いや発見などが描かれています。実は私も台湾で働いていたことがあったので、この本をもらった時に『これは私のことを描いている!』と強く共感したのを覚えています。BDをプレゼントするのは喜びを共有したいからだと思います。『この本、あなたにピッタリよ』という思いを込めて」

—— それは良い言葉ですね。ギフトブックの確信を突いていると思います。

サラ「BDは漫画やコミックスに比べるとやはり少し高いので、自分で買う分には本当に好きなものしか買わないという人が多いと思います。その分、装丁がしっかりとしていて、漫画やコミックスと比べるとサイズも大きいものが多い。物語も密度が濃く、イラストレーションはフルカラー。この“もの”としての価値こそに、BDをプレゼントしたくなる魅力が詰まっているんです」

カミーユ「クリスマスでいうと、フランスではその時期に各出版社がこぞってセット販売やクリスマス版を発売するので、よりクリスマス=BDという認知を高めています」

—— プレゼントしたくなる装丁と内容、そして価格。べらぼうに高いわけでもないので複数人にプレゼントすることができる。まさに”うってつけ”ですね。

サラ「漫画はどうでしょう?」

—— 漫画はBDに比べるとサイズも小さく安価なので、ギフトという意味でいうとBDより劣るかもしれませんね。もちろん中にはBDのような装丁の漫画もありますが、一般的にはご存知の通りモノクロで、ワンコイン、もっとカジュアルなものです。

サラ「BDは喜びをシェアするだけでなく、旅行気分も与えることができます。これはBDの読み方にも通ずるのですが、大きさと内容にボリュームがある反面、漫画のように電車で読むことはできませんよね。BDは家でコーヒーや紅茶をお供に、ゆっくりと読まれるものだから。その時間だけ読者はBDの世界に没頭する—— ロシア、フランス、台湾、日本……それに、『タンタン』と『アステリックス』はいつも世界中を旅している。BDは読者の物事の見方を広げる力も持っています」

BDと漫画

カミーユ「それとBDは漫画やコミックスに比べると現実を描いているものが多いので、リアリティがあります。例えばこの『フォトグラフ』はアフガニスタンで撮影した本当の写真を使っています。漫画はフィクションが多いし、読者もそれを期待していると思う」

『フォトグラフ』作:エマニュエル・ギベール 原案・写真:ディディエ・ルフェーヴル彩色:フレデリック・ルメルシエ 訳:大西愛子 発行:小学館集英社プロダクション

—— 漫画の中で旅をすると言っても、描かれ方に大きな違いがありますね。

カミーユ「一方で最近ではこの『ラディアン』に代表されるように日本の少年漫画の影響を受けた作品もあります(翻訳は原正人さん。原さんインタビューはこちら

『ラディアン』作:トニー・ヴァレント 訳:原正人 発行:飛鳥新社
『ラストマン』作:バスティアン・ヴィヴェス、バラック、ミカエル・サンラヴィル 訳:原正人 発行:飛鳥新社

—— NHKでアニメが始まりましたね。『ラディアン』や『ラストマン』のような日本の少年漫画のテイストを持ったBDはフランスではどうですか?

カミーユ「どちらも人気ですね。『ラストマン』はアニメにも、ゲームにもなりました。本の装丁からして漫画のようですが、ユーモアはフランス的です。しかし『ラディアン』は一見するとフランス人が描いたとはわからないですね。ただ少年漫画と比べてテーマがフランス的です。たくさんの人種が描かれているので」

—— 今、フランスで人気のアーティストを教えてください。

カミーユ「まずはバスティアン・ヴィヴェスです。『ポリーナ』や『ラストマン』の作者ですね。伝統的なBDとは異なるスタイルがあり、物語も素晴らしい。日常を描く美しさがあります」

『ポリーナ』作:バスティアン・ヴィヴェス 訳:原正人 発行:小学館集英社プロダクション

カミーユ「またガイ・デリーズルも人気があります。彼の妻は“国境なき医師団”で働いており、この本は妻と共に行ったイスラエルでの旅の記録が描かれた作品です」

『CHRONIQUES DE JERUSALEM』作:ガイ・デリーズル

—— 日本の漫画の中でフランスで人気の作品はどういったものですか?

カミーユさん「日本で人気のものは同じようにフランスでも人気です。最近では『進撃の巨人』がよく話題に上がりますね」

—— 少女漫画はどうですか?

カミーユ「少女漫画も読まれていますよ。最初のうちはフランスの本屋さんは少年漫画と少女漫画のジャンルの棚を間違えることが多かったそうです。漫画の中には女の子が主人公でも男性をターゲットにした漫画があるじゃないですか。『あ、可愛い女の子が表紙だから、これは少女漫画だ』と」

—— なるほど(笑)。

日本のBD

—— では日本でのBDの現在をどう思いますか?

サラ「なぜフランスで日本の漫画が日本と同じくらい人気があるのかというのはわかりやすいですよね。その価格と、物語もアクションやわくわくするものが多いことと、刊行ペースも早いからだと思います。しかし日本でのBDとなると先ほど話したようにスタイルが異なります。漫画と比べるとBDは手に取りにくい本かもしれない」

—— 日本人は漫画のスタイルに慣れてしまっているから。

サラ「そうですね。漫画ほど気軽なものではないので。でもそこがBDの魅力です。一度好きになってしまえばそこからずっと好きでいられると思います。私たちは日本でのBDの敷居を下げるために、BDの魅力をイベントを通して伝えていきたいと考えています。この忙しい時代だからこそ、時間を見つけてゆっくりと読むBDは楽しめる本だと思うんです」

—— ギフトブックにうってつけのBDは、日本人にこそうってつけの本。僕たちもこのシリーズを通してBDの魅力を伝えていきたいと思います。どうもありがとうございました!

サラ & カミーユ「ありがとうございました」