【ENCOUNTERS OF POKÉMON AND KOGEI -PART2-】陶芸作家の植葉香澄が『ポケモン×工芸展 ー美とわざの大発見ー』でもたらした、ポケモンと文様の出会い

工芸の素材と技法によって現実世界に現れたポケモンは、何を物語るのだろう。金沢・国立工芸館で現在開催中の『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』へ潜入し、ポケモンと工芸、その二つの世界がぶつかることで生まれた新たな地平を探る特別企画。作家たちはいかにポケモンと対峙し、その世界を咀嚼し、作品を生み出したのだろう。PART2では本展覧会に参加した作家たちの声をお届けする。

PHOTOGRAPHY: OBAYASHI NAOYUKI
TEXT: EDAMI HIROKO

INTERVIEW|植葉香澄

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古と現代のミックス

独特な造形と文様によって唯一無二の陶芸作品を手がけてきた植葉香澄。植葉が作り出す造形と文様は、摩訶不思議な斬新さの中にもどこか郷愁があり、見る者の想像力をかき立てる。その表現のルーツには、京都・友禅染の絵師をしていた祖父との記憶があった。

「一緒に住んでいた祖父は京都の友禅染の絵師をしていて、子供の頃から祖父が絵を描いているところを見ているのがすごく好きでした。着物やテキスタイルをやりたいと思い京都芸術大学の工芸科に入ったのですが、いろいろな授業を受けていくうちに陶芸が自分にしっくりくることに気がつきました。自分の手で造形を作るのが楽しくて。当時から手捻りで架空の動物を作ったりしていたのですが、何か物足りない感じがずっとありました。作った陶器に絵を描こうと思っても、陶器にどう絵を描いたらいいのかがわからなかった。そこで、大学を卒業した後に絵付を勉強しまして、やっと自分が作りたいものができるようになったんです。描きたかった絵はいわゆる清水焼など焼物のデザインではなく、子供の頃に見ていた着物の下絵。昔の着物の画集を見ると、絵というよりも“デザイン”に近く斬新なものが多いんです。ただ昔の着物の柄をそのまま写すのではなく、そこに現代の感覚をミックスしていくことで独自の表現を模索してきました。そこから、自分で造形した動物を文様で埋め尽くす今のスタイルに辿り着きました。自分は要素を削ぎ落とすよりも足し算をしていくほうが好きで、ずっと作っている『キメラ』というシリーズではさまざまな要素が渾然一体となった架空の動物を作っているのですが、いろんなものが加わり一つのものになっている、そんなものを作りたいなと思っているんです」

キメラとは異質同体の状態もしくはその個体を示す生物学的用語だが、その語源となったギリシャ神話に登場する「キマイラ」は、ライオンの頭とヤギの胴体、蛇の尻尾を持つ怪物だ。植葉はその存在を知った時、「自分の作品と共通点がある」と感じた。そんな植葉の創作におけるインスピレーションの源はどこにあるのか。

「海外を旅していて今までに見たことがないものと出会った時に刺激を得ることが多いです。海外の工芸品を見て自分もこういうふうに作りたいなと思ったり。以前メキシコに行った時には、その文化にすごく衝撃を受けました。『死者の日』という、街中がガイコツで溢れるお祭りがあるんですが、当時はそれに影響されてガイコツっぽいキメラをよく作っていました。もちろん実際に行かずとも、本を読んで思いを馳せることもあります。ただ、何かを参考に見ながら作ることは好きではないので、面白いと感じて頭に残ったイメージを自分の中で作品にミックスしていくんです」

植葉は、そうやって見たさまざまな景色を自身に取り込み、手で造形を作りながら、そして文様を描きながら一つの世界を生み出していく。植葉は、デッサンも下絵も行わない。

「下絵をしたらそこで完結してしまうじゃないですか。自分は、手を動かすことでいろんなことが思いついてくるタイプで、作っている時にイメージがどんどん広がっていくんです。だから、下絵をしてもそこから変わっていってしまうのであまり意味がないんです。思いついたことを忘れないうちにキリのいいところまでやってしまいたいと、寝ずにやったりすることもかつてはありました。数年前に子供が生まれたので、今はそういうわけにもいかなくなってしまいましたが……」

ポケモンとの対峙

『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』のオファーが植葉に入ったのは、ちょうど植葉に子供が生まれた頃のことだった。

「お話をいただいたのが、子供が生まれたくらいのタイミングで大変な時期だったんですけど、やってみたいという気持ちがありました。それこそ、まだ子供は小さいのでポケモンを理解してはいないですが、いずれわかった時に尊敬してもらえるかなと思ったりして(笑)、『ぜひやらせてほしいです』とお返事しました」

現在『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』の会場で展示されている植葉の作品は、《光火彩文グラードン》や《水文メッソン》 《唐草文サルノリ》 《羊歯唐草文シェイミ》 など大小合わせると全12点にも及ぶ。もちろんその全てが新作だ。どの作品も、生命感に輝く生き生きとした文様が美しい。

「ただポケモンたちの体に文様を描くのではなく、空間をポケモンたちが纏っているようなイメージで絵付をしました。例えばメッソンは水が跳ねているところをくぐり抜けているような、サルノリは唐草の中を歩いているというようなイメージです。ポケモンたちの表情もいろいろな資料を見ながら考えていったんですが、ポケモンの全身が文様で覆われているように作っていたので、目も普通の目にするのではなく、一つの文様のようにしたほうがいいかなと思い“七宝紋”という文様にしています。星みたいに光っているようにも見えますよね」

普段、植葉が制作する作品のサイズは大きくても50cmほどの高さだが、今回制作した作品の中で《光火彩文グラードン》 は高さ約70cmという大迫力の作品に仕上がっている。

「作っていくうちに、どんどん大きくなってしまって(笑)。もう自分の窯に入るか入らないかくらいの本当にぎりぎりの大きさで、窯に入れる時にガリガリっと擦れてしまいそうな大きさで怖かったです。グラードンは釜が閉まり切らなくて、少し開けたまま焼いたりしていました」

よく見ると、作品はそれぞれが一輪挿しや茶碗といった工芸品としての一面も併せ持っている。

「用途性をどこかに加えよう、という案は国立工芸館の今井さんから言っていただいたんです。自分は普段から『キメラ』シリーズでも茶碗を作っているんですが、さまざまある器の中でも、茶碗は使いやすさをそこまで問われずに、比較的“遊べる”イメージがあります。変わったものや多少ぶっ飛んだものを作っても、それを面白いなと思った人に使ってもらえるのかなと。というのも、茶道やお茶の世界には地味なイメージがあると思うんですが、実はお茶会は昔の人にとって遊びの場でもあって、最近では“現代茶会”のようにそれぞれが面白い道具を見立てて持ち寄るお茶会をされている方も結構いらっしゃるんです。厳しいお茶の世界というのではなく、みんなで楽しみながらやる遊び心のあるお茶会に使ってもらえたらいいなと思ったりしながら茶碗を作っています。例えば今回制作した茶碗がお茶会で出てきたら、若い人にもお茶を身近に感じてもらえるかもしれない、お茶や茶道を知らない子供たちでも、この茶碗で抹茶を飲んだら結構楽しめるのかもしれない、と思いながら作りました」

植葉は、作品を制作する過程で、ポケモンとのある共通点に気がついたという。

「最初から、自分の作品とそう遠くないなと漠然と感じながら作り始めたんです。それが、手を動かしながら作っていくうちに『ここをこうしたのはこういうふうに見せたかったからなんかな』とわかる瞬間がありました。例えばメッソンの尻尾の濃いブルーになっているところとか、ヒバニーの耳の配色、サルノリのスティックを挿した頭など、いずれも細かいところなんですけど。自分も生き物をモチーフに作る時、写実性よりもコンセプト性を重視して、少し形を変えてかわいく、面白く見せられるようにデザインをします。ポケモンも、例えば『サルのようだ』と連想はしても、サルをそのまま投影しているわけではないじゃないですか。かわいくて、愛着がわきますし、自分もそういうものを作っていきたいので、そういうところで、遠くないと感じたんだと思います。今回選んだポケモンは、グラードンだけは息子がすごく好きで彼に宛てて選んでいるのですが、それ以外は自分でフォルムがかわいいと思うポケモンを選ばせてもらいました。全体的に、頭が大きくて体が小さい形が多かったのですが、陶芸ではそういうバランスのものは作るのが難しく、必然的に下が大きくて上が小さいものが多くなります。頭が重く体が小さいと、頭の部分が安定せず落ちてしまう危険性が高いんです。なので、今回はなんとか失敗しないようにゆっくり慎重に作っていったのですが、結果、こういうのも作ろうと思えば作れるんだと気付くことができました。そして、頭が大きくて体が小さいのってすごくかわいいなと(笑)。自分の作品でも、頭大きめに挑戦してみたいな、なんて思ったりしています」

PROFILE|植葉香澄
1978年生まれ、京都市出身。京都市立芸術大学美術学部工芸科陶磁器専攻を2001年に卒業。2011年京都府文化賞奨励賞を、2012年に京都市芸術新人賞を受賞。さまざまなモチーフをミックスして造形された架空の動物に、古と現代が通い合う文様を鮮やかな色彩で描き上げる『キメラ』シリーズを中心に活動中

イベント 『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』
石川県・金沢市にある国立工芸館にて、2023年6月11日まで開催中。人間国宝から注目の若手まで20名のアーティストが工芸の多種多様な素材と技法でポケモンに挑み、ひらめきと悶えと愉しみの中から生まれた新作72点が初公開されている。
出品作家 池田晃将、池本一三、今井完眞、植葉香澄、桂盛仁、桑田卓郎、小宮康義、城間栄市、須藤玲子、田口義明、田中信行、坪島悠貴、新實広記、林茂樹、葉山有樹、福田亨、桝本佳子、水橋さおり、満田晴穂、吉田泰一郎(五十音順)
会場 国立工芸館石川県金沢市出羽町3-2
開館時間 9時30分-17時30分(最終入館17時)
※月曜休館

★詳細は特設サイトをチェック
 

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