自然に挑むのではなく、自然と共に生き、自然に対して真摯であること。
表現者は自然の声に耳を傾け、生きる知恵を学ぶ。
京都を中心に“Woodstick”という野外イベントを主宰し、伝統的なフライリールを作り続ける奥居正敏に話を訊いた。
京都の鴨川の隣で生まれ育った僕にとって、子供の頃から釣りは身近なものでした。フライを始めたのは今から45年程前、当時はフライの道具がなかなか手に入らなかったので、見よう見まねでフライを巻いていました。釣りにハマっていたというよりも、何かを作ることが好きだったんでしょう。
父が経営していたキネヤカメラ店を継いでからはアメリカによくビンテージカメラの買い付けに行っていたのですが、そのうちにビンテージのフライタックルも買い付けてくるようになりました。珍しい釣具を見つけた感動を、仲間と分かち合いたいじゃないですか。自分でフライリールを作ってみようかと思うようになったのはその延長ですね。2000年にブランド「KINEYA」を設立しました。僕の作るリールのドラグ音は鳥の鳴き声なんです。キャッツキルというアメリカのフライフィッシングの発祥の地に通っていた時のことですが、「ヴィッ!ヴィッ!」と糸を巻くと、音に呼応して対岸でカワガラスが鳴いた。糸を巻くたびにその時のことを思い出せる。僕にとってリールは糸を巻くだけの道具ではなく、思い出を巻く道具なんです。
KINEYAを始めてからは全国に釣り仲間が増えていったのですが、2011年に大震災が起きた。東北で被災した仲間も多くてみんな元気を失くしていたのですが、そんな時こそ励まし合おうと「Woodstick 絆」という会を結成して、一緒にイベントを開くようになりました。常時集まってくれる仲間が20人から30人、登録メンバーは今では300人を超えています。
今度は集まれる場所が欲しくなって、仲間たちと京都左京区の山間部に「広河原トラウトタウン」を作りました。築250年の古民家を改修し、敷地にはキャンプスペースやライブステージ、サウナ小屋、そしてアマゴの学校も作りました。「フェアリー・クリーク」と名付けたこの小川で育てた在来種を近隣の川に戻して数を増やしてきましたが、キャッチ・アンド・リリース区間以外でのリリースは強要しません。アマゴは里山の食文化ですし、都会から来た孫におじいちゃんが釣れたてを食べさせてあげるのはいいじゃないですか。きれいな花は来年もまた見たいし美味しいものはまた食べたい、だから残しておこう、そんなシンプルな考えが保全に繋がっていくと思っています。
トラウトタウンでは子供たちにガサガサなどの自然遊びも教えています。とにかく子供たちに思いきり遊んでもらいたいし、そうすれば周りの大人たちの目の輝きも違ってくるんです。よく歳をとると時間が経つのが速くなるなんて言いますよね。でも毎日いろいろなものを発見して、新しいものを吸収している子供の時間は長い。広河原に来てからというもの、僕も時間を長く楽しめるようになりました。気付きが多いからでしょう。自然の音は大きな音でもストレスを感じないということに気付けたり、雪原に生き物の足跡を見つけては風情に浸ったり。
いつも思いつきで行動してきましたが、これからも変わらず仲間たちと面白いことを企んでいきたいですね。
本稿を収録した「Coyote No.78 特集 ジェリー・ロペス ふたつの道」はこちら。