自然に挑むのではなく、自然と共に生き、自然に対して真摯であること。表現者は自然の声に耳を傾け、生きる知恵を学ぶ。山をこよなく愛し、SNSで山旅の魅力を発信するハイカー“ちゅーた”が目指すものとは。
山登りの世界を知ったのは10年前。ふとどこか自然の中に行きたくなって、日帰りバスツアーで上高地に行ったんです。5月なのにまだ雪が積もっていて、目の前の大きいリュックを背負った人たちは一体どこに行くんだろうと思っていたら、ガイドさんが双眼鏡を貸してくれて。その指差す方角を見たら雪山の頂上に人がいて、「あんなところに行けるんだ!」と驚くとともに、山に興味が湧いたのを覚えています。
日帰りの低山登山から少しずつステップアップして、今ではトレイルランも渓流釣りも山スキーも海外のトレイルも楽しむまでになりました。冒険のフィールドが広がって、できることが増えていくのが嬉しかったし、街と違って山では自分の行動に危険と責任を伴うので、生きている実感が得られるんです。それで毎週末のように山に行くようになりました。
登山を始めた頃から「ちゅーた」という山での愛称でSNSに山行記録を書き始めました。フォロワーが急に増えたのは縦走登山を始めた頃。北アルプスの裏銀座ルートを5日かけて一人で歩いたのですが、初日に素泊まりで泊まったのがゴロー(野口五郎小屋)でした。初めての縦走で心細かった私に「こっちで一緒に食べなよ」と声をかけてくれたのが嬉しくて。それから毎年のように通うようになりました。
ゴローは建物も古いし決して快適なサービスが行き届いた山小屋ではないけれど、ロマンに満ち溢れているんです。小屋番の上條盛親さんは黒部の黎明期を築いた“黒部の山賊”たちと同じ時代を生きてきたレジェンドです。コロナ禍でお客さんが減っていることを知り、何か力になれないかと思って作ったのが山小屋Tシャツでした。もともと美術の学校に行っていたので絵は得意で、少しでも売上の足しになればと思って作らせてもらったのですが、なんだか山小屋の仲間入りができた気がして嬉しかったです。それに私がこのようにゴロー愛を語っていたら、昨年NHKの『にっぽん百名山』で野口五郎岳とゴローを案内する機会もいただけて、発信し続けていくことの大事さをあらためて感じました。
でも問題は山積みです。小屋番の上條盛親さんはもう78歳だし、そろそろ世代交代の時期。今は家族3人で営まれているけど、あと数年で息子の文靖さん一人になってしまうし、小屋を維持するだけでもお金がかかる。そのような大事な話にも加えてもらえるようになったのは、嬉しい反面、答えがすぐに見つからないもどかしさもあります。同じ問題を抱える山小屋はたくさんあります。それこそ最近行った聖岳の山小屋は長年休業していたのですが、小屋に特別な思い入れのある登山客が小屋番を継いだと聞きました。私も特別な思いはあるけれど、まだ山小屋には入らないかな。だって旅をしていたいから。これまでは登山道を歩くだけでも十分冒険でしたが、今は少し違ってきました。かつて盛親さんたちが道なき山を歩いたように、“山賊の歩いた道”を行きたい。渓流で魚を釣って焚き火の前でビバークして、山の中を彷徨いながらより自然に溶け込みたい。きっと私は、山の動物になりたいんだと思います。
本稿を収録した「Coyote No.79 特集 高砂淳二 THE WATER IS WIDE」はこちら。