自然に挑むのではなく、自然と共に生き、自然に対して真摯であること。表現者は自然の声に耳を傾け、生きる知恵を学ぶ。山に登って弾き語りライブをするシンガーソングハイカー加賀谷はつみが曲に込めたメッセージ。
山の上で歌っていると、自分ってなんて小さいんだろうって気付かされると同時に、自然の大きさを思い知らされることがよくあります。普段のライブと違って、マイクもアンプもない山の上では全然私の声は響かないし、どんなに思いきり歌っても向こうの山には届かない。ちゃんとみんなに聴こえているのか不安になったりもしますが、聴いてくれているみんなの表情が穏やかだと安心するし、そこに日が差したりして、周囲の景色とみんなが一体化して見える瞬間があるんです。登山者たちの山頂でのひとときに音楽を添えて、その場にいる人たちと“みんなの山”を共有できるのが、私のやっている山頂ライブの醍醐味です。
シンガーソングハイカーと名乗って歌手活動を始めて、もう10年になります。最初はその呼び名に少し抵抗があったけど、ある人から「加賀谷さんがデビュー前に挑戦した47都道府県路上ライブの旅も、まるで音楽の道を歩むハイカーみたいだから、まさにシンガーソングハイカーだよね」って言ってもらえたことで受け入れられて、今はこの名がとても気に入っています。
私の最初の山は3歳の頃に登った筑波山でした。大人になって再び登った時は、山頂から一望できる関東平野に向かって歌いました。もともとそうやって自己確認のために山で歌っていたんです。歌手としてデビューできるまでの道のりが困難で諦めてしまいそうになった時に、わかりやすい達成感をくれて励ましてくれるのが山でした。
今の私にとっての山は、自分を取り戻させてくれる場所。同じ山でも登る度に異なる景色を見せてくれるように、自然は常に移り変わっていく。それと同じように、変わっていくありのままの自分も受け入れられるようになりました。母になって、今年3年ぶりに登山を再開したのですが、山で歌う感動が薄れてしまっていたらどうしようと正直不安でした。でもそんなことはなかった。出産してからはまさに第二の人生を生きている感じで、生活も180度変わったし、何より優先順位が子供第一になりました。今は子供に誇れる母親でありたいという気持ちと、自分の時間が限られるからこそ、曲を通じてこの先何を残し、伝えていきたいのかを真剣に考えるようになりました。
自分の曲が一人歩きして、誰かのものになっていくということをこれまで何度も味わってきました。いつの間にか自分の好きな人が私の曲を聴いてくれていたり、今この瞬間も誰かが私の曲を聴いてくれているかもしれない。そう思うと、すごく尊い仕事をさせてもらっているって思います。それに音楽って、そこに思い出が乗ると特別なものになっていく。だから今後は子供たちの遠足行事や山登りに同行して一緒に歌えたらいいなと思っています。私が小さい頃は山登りってつらくて修行みたいでした。私は負けず嫌いだったから好きになれたけど、むしろ嫌いな子のほうが多いと思うんです。でもそこに音楽があることで楽しい山の思い出に変わったら、大人になっても山を楽しむ子が増えるんじゃないかな。そうやって私なりの方法で自然の中でこれからも歌い続けていきたいです。
本稿を収録した「Coyote No.81 特集 ヌーベルバーグ・アラーキー」はこちら。