自然に挑むのではなく、自然と共に生き、自然に対して真摯であること。表現者は自然の声に耳を傾け、生きる知恵を学ぶ。世界を股にかけるアウトドアガイドの青崎涼子が闘病生活の中で見出した、自分の役割とは。
去年は私にとって大きな転期でした。人は必ず死ぬ、そんなことはこれまで当たり前のようにわかっていたつもりでしたが、子宮体がんが発覚したことで、自分の人生の終わりを初めて意識させられました。ちょうど夏の富士山でのガイド中だったのですが、突然大量出血して、すぐに手術することになり、ひと月も経たずに抗がん剤治療が始まりました。今は新薬でなんとかがんとの共存を図っているところですが、世界各地を飛び回っていたこれまでの日々とのギャップにひどく落ち込んだ。そんな絶望の淵から救ってくれたのが、自然の中で過ごしてきた時間でした。
長いトレイルを歩くのが昔から好きで、20代の頃からアラスカのような大自然を歩いてきました。何日も何週間もかけて自然の中を歩いていると、感覚が開いてきて、自分の中にその土地が入ってくるんです。自然とお友達になれる、そんな感覚かもしれません。それをみんなに味わってもらいたくてガイドの仕事を始めました。私が選んだ時間と場所に世界中の様々な人が集い、自然の中で何日も同じ時間を共有するって奇跡的なことだと思うんです。だから私は、彼らが持っている空っぽの見えない箱に思い出をちょっとずつ入れていくお手伝いがしたい。みんなで笑った出来事や美味しかったもの、雨の中大変な思いをして歩いたこと、思い出を一つひとつその箱に詰めて、いつか辛くなった時に中を覗いてみる。そうするとハッピーな気持ちになれます。今の私がまさにそうだから。
それに、人間の身体も自然と同じだって思ったんです。自然ってコントロールすることはできませんよね。人間の身体も同じです。自分の身体を切ってがんを取り出すことなんてお医者さんだってできないし、今の私はただ自分の身体に「頑張れ!」と念じることしかできない。私が今こうして生きているのは、生きようという自我によるものではなく、身体の中の細胞たちによって生かされているということが、自分の中で腑に落ちたんです。
生きたいから生きているのではないし、自分一人で生きているわけでもない。そのことに気づいてから、感謝できる水準がとても低くなったんです。毎朝起きて、発熱がない、立てる、歩ける、ご飯も美味しいって思えたら、それだけで今日もちゃんと生かされていることに感謝できる。それにガイドの仕事もありがたいことに続けられています。死の影があるから毎日の生がより輝いて見える。私にとって人生とは螺旋階段をのぼっていくようなイメージなのですが、周りの人よりも一つ上の階層にのぼってしまった気がするんです。見えている景色は同じでも、以前とは見え方が違う。
こうした気づきや感情というのは次第に薄れてしまうので、病気のこともオープンにして日々SNSで発信するようにしています。改めてガイドは私にとって天職だと思っています。ガイドの大事な仕事は自分のストーリーを磨いていくことだと昔先輩に言われました。自然の中にいると多くの気づきがある。そのことを、客観的な知識ではなく、私の目線でこれからもお客さんに伝えていきたい。
本稿を収録した「Coyote No.84 特集 Passage to the Antarctic Peninsula 南極半島航海」はこちら。