FROM EDITORS「フォーチュンクッキー」

南東アラスカのシトカという町に好きな中華料理店がある。港に面したダウンタウンの一画にある定食屋だ。中華よりもモンゴリアンビーフが美味い。歩き疲れた身体に濃厚な味付けが合う。会計をテーブルですませるとフォーチュンクッキーがお皿に載ってやってくる。占いはあまり信じないが、旅先のフォーチュンクッキーは楽しみのひとつ。これからの人生を暗示するものもあれば、励ましもそして教訓も、時にはユーモアもある。

谷川俊太郎さんをシトカの旅に誘ったことある。なんでもどんなことでも訊いてみたい、森を旅する詩人の言葉を一言も聞き漏らすまいと耳をすましていた。定食屋で昼食を終えると、谷川さんはフォーチュンクッキーをひとつ選んで読んでいった。どんな言葉が詩人に贈られたのか誰もが訊きたいところだ。「声に出して読んでください」と願った。

「なぜですか? 僕の未来かもしれないのに」と、一度は谷川さんに断られた。でもそんなことでめげない。もう一度願った。しぶしぶ谷川さんは読み上げた。谷川さんの口からついて出た英語の言葉はさらさらとして、まるでエリオットの詩のようだった。

「どういう意味ですか?」次に日本語に訳することを願った。

「わがままですね」ひと呼吸置くと谷川さんは続けた。

「物語は死と再生を永遠にくりかえす」

「どういう意味でしょうか?」

「それは自分で考えなさい」

「もう一回読んでください」

「ほんとうにわがままだね」

深くゆったりとした声で語られる物語の、明るさに聞き惚れる。

「谷川さん、僕のフォーチュンクッキーも口に出して読んでください」

「わがまま」

でも谷川さんに何度も言われると、正直わがままも悪くないと思えた。

「You are a much better person than this Mr.Know-it-all!」

「え、え? どういう意味ですか?」

「偉そうなとなりの人よりも、君の方が偉いんだよ」

「となりの人って谷川さんでしょう、そんなわけない」

谷川さんはしわくちゃのおばあさんのように笑った。僕は栞のような小さな紙を大事に手帖に挟んだ。そして夜一人になってモーテルの部屋で見返してみた。

「You are a much better person than that Mr.Know-it-all!」

谷川さんはたしか「this Mr.Know-it-all!」と読んだ。しかし栞には「that Mr.Know-it-all!」と記されていた。あっちの偉そうな、ではなく「となりの人」と確かに谷川さんは言っていた。

フォーチュンクッキーひとつ、詩人の粋な計らいのひとつだった。

スイッチ編集長 新井敏記