8月1日火曜日、その日は朝からそわそわしていた。なんばクランド花月での、茂造じいさんこと辻本茂雄のテビュー30周年を記念した吉本新喜劇『茂造の絆』公演のチケットを買っていたのだ。
全てを肯定的に捉える茂造じいさんの姿勢が好きだ。まさに居残り左平次のように居直り続けるしたたかさが小気味よい。いくつもの織りなす頑固キャラクターの無責任ここに極まれり、まさに喜劇の醍醐味なのだ。
中学時代、辻本茂雄は競輪選手になるのが夢だったと聞く。和歌山北高校の自転車競技部に入り、主将を務め全国大会で入賞を果たし、プロの世界は辻本の手の届くところにあった。しかし不運なことに両足の骨に腫瘍ができ、自転車競技を断念せざるをえなくなる。そんな時に『NSC募集』のポスターが目に留まったというから縁は不思議なもの。
なんば花月、テレビのオンエアは45分、しかし実際の舞台は2時間なのだ。テレビでは流せないハプニングが残り75分というわけだ。ハプニングをどうネタにいかすか、笑いをとるために、ハプニングもまた偉大なる予定調和として儀式のように辻本はとらえる。
僕は早めの昼を鶴橋ですませ、通天閣に上り、その後、近くの甘味屋でかき氷を食べようとアイデアが浮かんだ。ところが最後の甘味屋、女主はそそくさと暖簾を仕舞いかけていたから少し慌てた。女主に訊ねると「3時に閉店」と言う。店内を見渡すと常連らしき客は二人、女主は店内の柱時計を指差した。たしかに3時、でも僕の時計では2時半少し前、進みすぎた時間を指摘すると女主はしぶしぶ注文を受けてくれた。
「レンニュウ小豆」
少し居心地の悪さを感じながら待つ事少し。でもこの店の氷、氷屋の四角い純氷を削り出すので実に口にやわらかい。汗が引くのにさほど時間はかからない。
その時女主に言われた。
「おきゃくさんまるでかたつむりやね」
「⋯⋯」
背中が丸いと、その言い方、まるで茂造じいさんの憎まれ口のように思えた。今夜の準備はこれで万全というわけだ。
スイッチ編集長 新井敏記