北の島利尻島のフェリーターミナルの一画に、小さな食堂があった。昼食を取りに入ると、いくつかのテーブルは大盛況で、お客のほぼ全員が港湾工事を請け負う労働者だった。 前泊したペンションのオーナーによるとこの店のわかめラーメンかそこそこ評判がいいという。待つこと十分、砂に水か沌み込むようにさーっと労働者は引いていった。一時きっかりが休憩終わりだった。店にはぼく一人が客となった。店員がお茶を差し出しなから注文を訊いてきた。
わかめラーメンと思ったが、労慟者が食べていたどんぶりものかやたら美味しく見えて、注文をカツ丼に変えた。
「カツ丼、ひとつ」
店員の厨房にオーダーを通すそのか細い声を聞いて、ふと失敗したなと思った。店員にたまごでとじてあるのか、ないのか念を押すような丁寧な口調で訊ねた。
「たまごでカツをもちろん煮ています。タマネギ入ってもいい?苦手?」店員はその質問に奇異な様子でこう答えた。
昔、佐渡島で一回、熊本で一回、カツ丼と頼んで出てきた自家製ソースをくぐらせたカツがごはんにただのっただけのどんぶりものを思い出していた。たまごでとじない食べ方の境界線は果たしてどこにあるのだろうか。
その日は秋祭り、メイン道路の一画に舞台が作られ、取り囲むように屋台か並び、テーブルとイスか置かれた。昼はゲーム大会か開かれ、子どもたちのブレイクダンスが披露され和太鼓が威勢のいい音を響かせる。夕方から酒がふるまわれた。宴たけなわに特別ゲスト歌手の半崎美子がステージにあがり、「サクラ~卒業できなかった君へ」を歌った。 母の生まれ故郷だというこの島での晴れ舞台、 何人もの男と女が目頭を熱くする。歌詞へこれほど思いを寄せる人がいるのかと正直関心した。音符ひとつひとつに言葉を乗せるように歌う彼女の説得力は演歌と同じで力強い。彼女は今年の年末は紅白のために時間を空けていると、マイク越しに意気を示していく。まだまだ歌は風景とともにあるのだ、この歌を東京で聴いても実感はない。風は強いが明日は海に行こうと思った。
スイッチ編集長 新井敏記