フェイ・ウォンの歌「我願意」を久しぶりに聴いた。
あなたのためなら
わたしは名前を忘れたぃ
たとえ一秒でもあなたのこころにとどまれば
一心に思う気持ちを大切に歌い上げるフェイ・ウォンの1994年の作品で切ないラブバラードだ。
20年前、まだ開発途上の上海でこの歌を聴いた。上海に結婚式に招待されて行くと友人に告げると、時間があれば会ってきたらいいと、上海の友人を紹介された。最先端の店やエリアをゲイの彼ならよく知っているかもしれないと続けた。でも気をつけてと友人が言った。共産主義の下でゲイはそれだけで犯罪とされ逮捕され、一緒にいるだけで連行されるということもあった。
式が行われた夜、バーで待ち合わせをした。東京の雑誌の編集者が来るというので上海の友人のゲイ仲間も大勢集まっていた。当時彼らのファッションの模範は東京だった。僕の雑誌がファッション雑誌ではないと知ると少しがっかりした様子だった。
今流行っているものは?と話を変えるように僕が彼らに訊ねると、友人たちは口々にカラオケと日本語で答えた。実際日本のスタイルのカラオケ店が繁華街に何軒もできていた。日本語の歌もあるという。
上海で日本の歌を聴くという違和感、中国の歌を歌ってほしい、歌が聴きたいと彼らに願った。たとえば?と訊かれたので脳裏に浮かんだ「フェイ・ウォン」と答えた。
友人の一人が「我願意」と言うと、みなの笑顔がこぼれた。もう一人が今一番ヒットしているラプバラードだと続けた。
フェイ・ウォン、当時、彼女主演の香港ヌーベルバークと騒がれた、ウォン・カーウァイ監苔の『恋する惑星』が日本でもヒットしていた。主演女役のフェイ・ウォンのボーイッシュな魅力と劇中で使われたフェイが歌うクランベリーズ「ドリームス」のカバー曲「夢中人」も話題も集めていた。
カラオケ店の内装はラウンジのように高級な雰囲気が漂っていた。念を押すように歌のリクエストをすると、少ししてフェイ・ウォンの曲が流れはじめた。男ばかり集まってラブバラードを歌うなんていう経験はなく新鮮だった。我願意という「イェニウェイニー」という言葉を男が静かに歌う。
いつしかその願いはユニゾンになり、切なさから僕にはシュプレヒコールのような叫びのように聴こえた。
スイッチ編集長 新井敏記