俳優山﨑努さんが演じる画壇の仙人といわれた画家熊谷守ーを描いた映画『モリのいる場所』 (沖田修ー監督/5月公開)を試写で見た。山﨑さんの寡黙な演技の中で光る言葉が心に残った。子どもの才能を信じた親が熊谷に子どもの描いた一枚の絵を見せて、その才能の有無を問いかける場面だ。
熊谷は躊躇なくこう答えた。
「下手だ。下手ですね。下手でいい。上手いと先か見えますが、下手も絵のうちです」
絵を描くことが第ーではなく、 自然を見つめることを主眼とした熊谷守ーの生きるための言葉だ。
知り合いにおばあちゃんがいる。容姿も物腰もまたもの言いも実に品がある方で、ぼくは勝手に原節子と呼んでいる。御年80歳を超えておばあちゃんは、マンションで1人住まいを続けている。おばあちゃんは毎年誕生日か来ても、 年齢を訊かれると「いつでもわたしは80歳です」と答える。『悲しみよこんにちは』のフランソワーズ・サガンの「人の年齢20歳を超えたらいつでも20歳」という言葉からの引用なのかもしれない。
「心臓で人を愛するのよ」
おばあちゃんの大事な教えだ。彼女は八十歳を超えて英会話教室に通い、最近は書道も習いはじめている。日用品の買い物も料理も自分の手で済ませていく。
「あなたにいけないことを、あたくし教えて差し上げるわ」ある時 おばあちゃんにこう言われた。
「いけないこと?」
「今、英語教室2つ通っているの。月曜日の英語の先生には内緒だけれど、あたくし水曜日も別な英会話教室に通ってるの」
そう言うとおばあちゃんは「うふふ」と笑った。そしてこう繰り返した。
「悪いことはあたくしが全部教えてさしあげるわよ」
悪いことという響きが、まさしく原節子の映画の台詞のように新鮮だった。
「どんな悪いこと?」
「十字路の交差点ではね、横断歩道は斜めに横切って渡るのよ」
「⋯⋯」
「あたくしもう少しで90歳なのよ」
ふと、悲しい別れがいやで、あなたに褒められるような悪いこと、これからもいっぱいしようと心に誓った。
スイッチ編集長 新井敏記