FROM EDITORS「雨に濡れても」

柳井康治がプロデュースしたTHE TOKYO TOILETが、日本を訪れた観光客の新しい東京観光名所として注目を集めているという。TTTの清掃員を主人公にした映画『PERFECT DAYS』のヒットもあり、先日もテレビのニュースで、トイレは新しい日本の文化として、おもてなしの役割を果たしていると紹介されていた。ニュースではTTT17カ所のトイレのうち、外国人に特に人気だという坂茂デザインの、鍵をかけると不透明になるガラス外壁の代々木の公園のトイレに集まる様子を追っていた。一人数万円を払ってTTTを周るツアー企画に参加している外国の観光客だった。TTTを周るそんな観光ビジネスの存在を知り、嫌な気持ちになった。無料の公共トイレを、車で案内する。観光客は元を取ろうと、清掃中の清掃員の方を見つけ作業中の姿を写真に収め、時に一緒に写真を撮ることをねだる。本当に迷惑なことだ。暗い、汚い、臭い、怖いという公共トイレのイメージを払拭するというTTTのある種の目的は果たされたのかもしれないと思いながらテレビを消し、では案内すべきトイレは自分にあるかと、問うていった。ある。もちろんお金はかからない。

清潔で環境に優しいトイレは、僕の中ではカナダのクイーンシャーロット諸島のハイダ・インディアンのサンクチュアリの一角に備えられたアウトハウスだった。アウトハウスとはトイレのことだ。日本でも江戸時代は厠と言って、かわや、川の上に設けた屋、家の外側の側屋を指していた。インディアンのアウトハウスは母屋とは別の小さな小屋で、水道設備もなく穴を深く掘り、排泄物の上にスギやヒノキの樹皮や木クズをまく。木クズは堆肥化の素材として微生物を利用して、生ごみや家畜のふん尿などの有機系廃棄物を分解・発酵させ、有機肥料を作っていく。何よりも木クズは香りがいい。

1980年代後半のことだ。イラストレーターの黒田征太郎とグラフィックデザイナーの長友啓典に誘われて青山のバーに行ったことがある。入り口には見事な枝を広げた桜の花が生けられていたので春だった。僕は枝に触れないようによそよそと奥のカウンターに座った。ハイボールを彼らは浴びるように飲んでいった。二人は元気で、酒の量も底なしだった。会計は誰にも任せず、結局黒田がポケットから3枚の福沢諭吉を取り出してポンと支払った。チェック後黒田はトイレに行った。長友は「今日は黒ちゃんに全部任せておけばええ」と、僕に微笑んだ。数分後、黒田は憮然とした顔でトイレから出てきて、こう呟いた。

「トイレが汚いのは高級バーとして失格だ」

黒田は、二人だけに聞こえるように怒っていた。

「トイレの床に段ボールが敷いてある。それが濡れてグジョグジョだった」

「濡れては、絵が描けへんな」

長友はつとめて明るく関西弁で軽口を叩いた。

「雨に濡れても、俺なら描けるわ」

黒田は語気を荒げた。

「はばかりさん」

長友は微笑んだ。

はばかりはトイレのことを言い、関西では、ごくろうさまという意味でもあった。長友の気遣いだった。

「ほんまや」

黒田はほんの少し笑った。

スイッチ編集長 新井敏記