FROM EDITORS「朝は396円のコーヒーからはじまる」

中上健次の取材に、彼の生まれ故郷の和歌山県新宮まで、東京から東海道新幹線で西へ。途中、名古屋を経由して紀伊半島に向かう約5時間の行程だ。

早朝ということもあり、弁当売り場には大好きな崎陽軒のシウマイ弁当はまだ届いてなくて、少しがっかりした。出発時刻までまだ少し時間があるので、東京駅構内のカフェに入った。カフェの名は「オーガニックカフェ」、ここを利用するのは初めてだった。駅構内によくあるカフェの店構えで、味に期待することはなくあくまでも時間つぶしのつもりだった。

「ご注文は何になさいますか?」と、カフェのスタッフが訊く。「コーヒー」と言うと、「店内をご利用ですか? お持ち帰りですか?」とさらに訊く。「店内で」と答える。ここまではどこにでもよくある駅構内のカフェの注文のやりとりだ。でも今日は少し違った。そのやりとりのテンポが気持ちよくて、なんだかカフェのスタッフから元気をいただいた気がした。挨拶の声のトーンが安心するのだ。リズムも気持ちいいのだ。彼女たちの笑顔、挨拶の声、そして対応すべてが完璧だと思えた。断っておくが、コーヒーはマシンで淹れるから特別なものではない。

そして、こんなことがあった。

一人の女性客が買ったばかりのコーヒーを手元がくるって床にこぼしてしまった。女性客は思わず「アッ」と声を上げた。するとすぐにスタッフはダスターを持ってきて、床を拭く。もう一人の別のスタッフはすかさず女性客に「新しいコーヒーを淹れなおしました」と言ってテーブルに差し出していく。その連携はマシンならではのものかもしれないが、素晴らしいと思った。

次に、大きなキャリーバックを持った客が入店した。荷物を置くには狭く、サンドイッチの商品棚の邪魔になってもかまわずに、スタッフは「どうぞ、ここに置いてください」と、ひとつも嫌な顔を見せない。

普段は品川駅を利用することが多く、東京駅から新幹線に乗ることは最近はあまりなかったが、東京駅のこのカフェの一杯396円のコーヒーからはじまる旅のご加護を受けるのも悪くないと思った。そもそもオーガニックとは有機という意味で、それは水、土、太陽、生物など自然が持つ本来の力を生かすというものだ。笑顔こそ人を緩やかに結びつける有機的なものかもしれない。今日なら紀州の海はキラキラと一面に輝いて、特別ないい旅になるに違いないと思った。

スイッチ編集長 新井敏記