10月中川李枝子さんの訃報を旅先で聞いた。雑誌「ISSUE」で中川李枝子さんの特集を工藤直子さんと編纂して発行したのが今年の4月のことだ。直子さんの季枝子さんへのインタビューのきっかけは「李枝子さん、子ども時代のことを訊かせて」という思いだった。
特集のタイトルは「冒険のはじまり」、表紙の絵は李枝子さんの伴侶であり、画家の中川宗弥さんの挿画、絵本『くろ雲たいじ』からお借りした。この絵は李枝子さんが作詞した”あるこう、あるこう”と歌った「さんぽ」の軽快なイメージがつながってなんだか前向きになっていく。
編集の最後に、李枝子さんに「あとがき」の言葉をいただきにご自宅に伺った。
口述を終えて、人生最後の願い事をぼくは李枝子さんに訊ねた。
「もう一度ケストナーを読みたい。最近目が悪くなって本を読むのが辛くなっているので、誰かに読んでもらってもいい。できれば女の人がいい。母を思い出すかもしれない」
その願いごと、雑誌発行の後、あとがきを読まれた方が申し出てくれたが、ついぞその機会は叶わなかった。
僕が中川李枝子さんにお目にかかったのは、2017年10月に行われた李枝子さんと工藤直子さん、あまんきみこさんの鼎談だった。中川李枝子1935年北海道札幌生まれ、工藤直子1935年台湾朴子市生まれ、あまんきみこ1931年満州撫順市生まれ。鼎談の最中、子ども時代にどんな絵本や童話を読んだのか、ひとりずつ話すという流れになった。
幼い頃に育った環境、場所も違っていて、興味深い話になった。最後に自分の作品を朗読することになり、工藤さんの提案でジャンケンで順番を決めた。三人が手を前に出し、工藤さんとあまんさんが「最初はグー」と声をかけた。すると、李枝子さんがパーを出した。そして「最初はグーって誰が決めたの?」と、口を尖らせて二人に言った。李枝子さんは「みんな一緒じゃなくていい。合わせなくていい。何も早く決めなくてもいい」と真顔で言う。かつてみどり保育園の保育士だった中川李枝子の大切な教えがそこにあった。
直子さんは、季枝子さんを「まっすぐな大樹」と言った。
李枝子さんのモットーがある。
「一生懸命、命がけ」
その後、言葉はこう続いていた。
「もう私、前ばかり向いている。後ろなんて一度も振り返っている暇がなかった」
スイッチ編集長 新井敏記