FROM EDITORS「右向き 左向き」

森山大道の「三沢の犬」を購入した。

森山の代表作として有名になった「三沢の犬」は、1971年3月号の「アサヒカメラ」に掲載された「何かへの旅」の第3回目のフォトストーリーの中の見開き写真だった。その年の正月、振り返りざま、森山を睨み威嚇する野良犬の圧倒的な迫力ある存在感に心打たれる写真だ。「アサヒカメラ」掲載時の「三沢の犬」は片起こしで始まる全部で8ページの構成で、6ページから7ページ目左側に犬の顔がおさめられていた。

「当時、ぼくは横須賀とか、基地の街の雰囲気が好きで三沢へも足を伸ばし、連載に載せる写真を撮りに行きました。朝、ホテルから出た瞬間に目の前にいたのが、この犬だった。米軍の兵隊が本国に戻る時に捨てていった野良犬だとぼくは勝手に思い込んだ。胡散臭い顔をして、じろっとこちらを睨みつけてきたんです。おおっと思い、その場で犬がもう一度振り向くのを待って、パパッと2、3カット撮ったと思います」

森山は言う。

森山は一人で全国の街を徘徊し、路上で獲物を捉えるように心が動いたものをスナップしていった。

「東京に戻って現像し、プリントした。なかなかの表情だった」

森山は暗室作業の中で、この野良犬の姿に自らを重ねてそう続けた。「三沢の犬」は「何かへの旅」「国道シリーズ」などの森山の代表作とともに1972年に作品集『狩人』に収録された。路上の記録でもある『狩人』を、森山は「いまのぼくの写真へと引き継がれた重要なポイント」と位置付けた。『狩人』では「三沢の犬」は「アサヒカメラ」掲載時とは逆で、犬の表情は右向きで掲載されている。

それはなぜか。

「アサヒカメラ」の左向きは、森山が裏焼きをし、自ら雑誌のめくりに合わせて、裁ち落としにレイアウトしたものだ。実際に左から右へとページを繰っていく中で左側に犬の顔をもってくる方が、圧倒的にインパクトが出る。

オリジナルプリントを注文するに際して、私は犬が右向きの本来の「三沢の犬」を依頼した。

プリントがあがってみると、右向きの犬は憂いを秘めて、瞳には切ない表情を浮かべているようだった。不穏な予兆を嗅ぐ狂おしい左向きの「三沢の犬」も魅力的だが、この憂いこそ、森山大道の位相でもあると知った。横位置のモノクロームの陰影は海外でも高い評価を得て、ニューヨークのMoMAをはじめ、ロンドンのテート・モダンからコレクションの声がかかっていく。ちなみに「三沢の犬」は海外では「Stray Dog」=野犬と冠されている。

この「三沢の犬」は、手元におかず、大切な友人にプレゼントするためにあるような気がした。

スイッチ編集長 新井敏記