FROM EDITORS「大いなるものがたり」

「SWITCH」という雑誌を創刊し、「Coyote」、「MONKEY」、「ISSUE」を作り、単行本を発行してスイッチ・パブリッシングは今年で40年となる。小さな出版社として嬉しいことのひとつは、単行本を出した作家のプロフィールに自社の出版物が掲載されることだ。その方のいわば代表作に連なる本を発行できたことが、何よりもぼくたちの誇りとなる。

岩波文庫の『自選 谷川俊太郎詩集』を読んだ。奥付には2013年1月16日が第1刷と記されていた。谷川さん20歳の詩集『二十億光年の孤独』収録の、「かなしみ」という1950年3月3日に書かれた詩から、2009年の『詩の本』の「見舞い」までがあった。谷川さんの詩「自己紹介」にならえば、この自選詩集はもう半世紀以上のあいだ、名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など、言葉に揉まれながら暮らしたまさに軌跡がまとめられたものだ。ぼくは、この詩集を何度か旅に持参した。行き先が変わっても、乗り物が変わっても、詩は読んでいて疲れないのだ。飽きたらどこで読むのをやめてもいいという、気軽さがあるのかもしれない。

谷川さんが亡くなってはじめてこの詩集の巻末にある、山田馨さん編纂の年譜を読んだ。それまでは、なぜか谷川さんはヨーダのように永い生涯をおくるという勝手な思い込みがあり、年譜に記録された2012年の80歳までの人生を区切って紐解くことはなかった。

2009年の8月の項にこんな1行があった。

―8月、雑誌「Coyote」の特集のために、アラスカを7日間旅する―

「私は過去の日付にあまり関心がなく」というのは谷川さんの詩「自己紹介」の一節だが、この1行の記述はぼくには本当に嬉しかった。アラスカの旅をご一緒した7日間の記憶がゆっくりと思い出されていった。特集のためというのが谷川さんにとって余儀ない旅であったとしても、ぼくには大切な時間だった。

「Coyote」の特集は「谷川俊太郎、アラスカを行く」と題して編集した。巻頭に谷川さんの旅をこのような文章で捧げた。

「詩人って何だろうと、あらためてアラスカの旅で思う。人は悲しみの器、自分の内に誰もがどこまでもとらえどころがない心を抱えている。今詩人の目には氷原の無氷回廊を進む人々が見えているのかもしれない。国境を隔てる長い一本の線も詩人にははるかな道となっていく。

本当にここにいる。記憶の中で話すことができるくらい豊かな時間だった」

この散文のタイトルに、谷川さんは「幸福な旅のはじまり」とつけた。大いなるものがたりへ、スイッチ・パブリッシングという小さな出版社は、この特集を経て、進むべきたくさんの勇気をいただいた。

スイッチ編集長 新井敏記