変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第10回は蒼い衝動をスリーピースで打ち鳴らす羊文学
PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI
TEXT: ITAKO JUNICHIRO
DNA MUSIC
羊文学の「言葉」「歌」「サウンド」を醸造した30曲
シンガーソングライターに憧れた幼い頃から、バンドミュージックに目覚めるまで――。羊文学のソングライター・塩塚モエカを形作った楽曲たち
INTERVIEW
世界が特別なものに見える音楽を作りたい
今年7月に初めてのアルバム『若者たちへ』をリリースしたロックバンド・羊文学。大人と子供の狭間で揺れ動く様々な感情を言葉に託し、ギター、ベース、ドラムというシンプルな編成で歌い叫ぶそのサウンドは今、若い世代のリスナーを中心に注目を集めている。そんな羊文学がスタートしたのは、ソングライティングを担う塩塚モエカ(Vo&Gt)が中学三年の頃だった。
「幼稚園ぐらいの頃から歌うことが大好きで、小学生の時にYUIさんの音楽に触れて、自分もシンガーソングライターになりたいと思うようになって。だからバンドをやりたいというよりは歌いたいという気持ちのほうが強かったんです。バンド初期はメンバー5人で、私はサブのギター&ボーカルという立ち位置で、チャットモンチー、東京事変、9mm Parabellum Bulletなんかをコピーしていました」
その後、メインのボーカルとギターが脱退し、彼女を中心にオリジナル曲の制作にもトライするようになったという。
「当時は持っていたYUIさんのスコアブックの後ろに載っていたコード表を見ながらいろんな音を弾いてみて響きがいいコードをピックアップしながら探り探り曲を作っていました。でも当時は大したエフェクターも持っていなかったのでギターの音もペラペラで(笑)。音づくりについて意識的になったのは大学で軽音サークルに入ってギターを弾く楽しさを知ってから。その頃から海外のバンドも聴くようになって、歌がなくてもアレンジやアンサンブルで聴かせることのできる面白い音楽はたくさんあるんだということに気づいたんです」
そして、2015年にフクダヒロア(Dr)、2016年にゆりか(Ba)が加入し、現在の羊文学の体制が整うことになる。
「小さい頃は歌いたいという気持ちだけでしたが、いろんな音楽に触れるうちに言葉で説明するよりも演奏で自由に飛び回れたほうが音楽は楽しいんじゃないかと思うようになってきて」
塩塚はそう言うが、羊文学を語る上で外せないのは、やはり歌詞だ。今年22歳になるという彼女が紡ぐ言葉は、怒りや哀しみ、諦め、ほんの少しの希望が混じり合い、聴いていると胸が締め付けられるような痛みを感じる。
「よく“文学的だ”というふうに褒めてくださる方がいるんですけど、私の中では文学的な意図なんてないんです。自分が思ったことを日記をつけるように書いているだけ。詩というより言葉を書き出して並べていくという感覚です」
たしかに塩塚の歌詞は物事や風景を少し離れた場所から静かに見つめているような距離感を孕んでいる。その理由は彼女が映画という表現に影響を受けているからなのかもしれない。
「アルバムに収録されている『若者たち』という曲は橋口亮輔監督の『恋人たち』から着想して書きましたし、『RED』という曲は『牯嶺街少年殺人事件』のパンフレットに載っていた写真を見ながら書いたんです。言葉を書く時には映像や写真、それから普段見ている街の景色といったイメージを基にしていることが多いかもしれない。でも、バンドアンサンブルや歌詞よりも大事にしているのはメロディです。私たちがやっているのはあくまでポップスだし、より多くの人に聴いてもらいたいと思ったら、やっぱりいいメロディが必要だから」
言葉と音とメロディ。それらがひとつの塊として耳に飛び込んでくる羊文学の音楽を聴いていると、見ている世界が止まってしまったかのような静かな気持ちになることがある。
「普段見えている世界に私たちの音楽が入り込むことで、ほんの少しでもその世界が特別なものになってくれたら、という願いを抱きながらずっと曲を作ってきたし、これからもそういう音楽を羊文学で表現できたらと思っています」