変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第12回はボーダレスな音楽を生み出すシンガー・eill
PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI
TEXT: ITAKO JUNICHIRO
DNA MUSIC
eillのボーダレスな音楽性を培った30曲
K-POP、R&B、ダンスミュージックからアニソンまで。eillというシンガーが持つ様々な表情を映し出す、バラエティ豊かな楽曲たち
INTERVIEW
音楽にジャンルや国籍は関係ない
20歳のシンガーソングライター・eillが歌を志したきっかけは小学6年の頃、少女時代やKARAといった韓国のアイドルに出会ったことだった。
「韓国のアイドルが持つカッコよさやセクシーさに憧れたんです。そこからドラマやファッション、メイクまで、あらゆる韓国カルチャーに夢中になって、高校は韓国にある歌手を育成する学校に行きたいと本気で考えていました」
だが母親の説得もあり、彼女は日本の高校に進学し、韓国人のボイストレーナーに師事。歌のレッスンを続けながら韓国での成功を目指した。そんな時、ビヨンセの「Listen」という曲に出会い、彼女の中で歌の世界がまた広がる。
「ビヨンセに出会って、モータウン系の楽曲やジャズも聴くようになり、韓国の音楽と共に、自分にとっての大きな軸になりました。その後、ジャズの歌の先生にも教えてもらうようになり、ジャズバーで初めて人前で歌ったんです。それがきっかけで、自分で曲を作り歌えるシンガーとして日本でがんばってみようという気持ちになったんです」
そして彼女はいくつかの国内オーディションを受け、見事すべてに合格。自信を持って音楽活動を始めるが結果は出なかったという。
「当時はENNEという名義でピアノの弾き語りで地道にライブや曲づくりをしていたんですが、思うようにいかなくて。そういう時期が5年ぐらい続き、今の音楽シーンのことや、どんな人が聴くのかということは一切無視して、まったく新しいジャンルを作るぐらいの気持ちで元々好きだったダンスミュージックやR&Bのコアな部分を取り入れた、ただただ自分がカッコいいと思える音楽を作りたいと思った。それがeillの始まりでした」
今年6月、eillは「MAKUAKE」という曲で念願のデビューを果たした。
「これまではどこか自分が操られているというか、作られたイメージに縛られているような気がしていて……それにどうしても十代のうちにデビューしたかったので、ルーツであるK-POP、R&B、そしてJ-POPの要素をミックスしてトラックからメロディ、歌詞まで全部作り、今の自分らしさを表現してみようと考え、生まれたのが『MAKUAKE』です」
そして10月には9曲入りのミニアルバム『MAKUAKE』を発表した。この作品には先述の「MAKUAKE」という曲同様、自身が影響を受けた様々な音楽がボーダレスに混ざり合った楽曲が揃っている。J-POPの定石であるAメロ、Bメロ、サビという構成など関係なく、自由自在なメロディやフロウが散りばめられた楽曲群は、新しい時代のシンガー像を予感させる。
「音楽を聴く時にはジャンルや国籍なんて気にしないんです。音楽としてカッコよければそれでいいじゃんという感覚。私の曲はJ-POPっぽさは薄いかもしれないけど、世界中どこを探してもJ-POPみたいな音楽はないと思うし、好きです。ただ、その狭い世界に固執するのはもったいない。良いと思ったものを柔軟に取り入れていくのが私のスタイルなんだと思います」
さらに彼女は言葉を続ける。
「先日、知り合いの娘さんの誕生日パーティーにサプライズで行ったんです。その子は今15歳で、私の音楽に救われて、私のファッションやメイクまで真似してくれているみたいで、まるで韓国のアイドルに憧れていた私そっくりだなと思うと同時に、自分も誰かに憧れてもらえる存在に少しはなれたのかなって。だからこれからは聴いてくれる誰かのための歌というものも作っていくことができたらなと思っています」
自らの手で幕を開けたeillの物語は、彼女自身のパーソナルなものから、少しずつ誰かの物語にもなり始めているのかもしれない。