変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第24回はJ-POPの新たな可能性を模索する神山羊
PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI
TEXT: ITAKO JUNICHIRO
DNA MUSIC
神山羊流J-POPの源泉となった30曲
クラシック、ロック、ブラックミュージック、そしてネット発の音楽まで、ハイブリッドな神山羊のサウンドに影響を与えた楽曲
INTERVIEW
J-POPを魅力的な文化に押し上げたい
ボカロ発のシンガーソングライター。神山羊というアーティストはしばしばそのように紹介される。だが本人は「正直、自分がボカロPだと認識したことはないんです」と言う。神山は十代からバンドを始め、インディーズで活動したこともある。しかし、大学を卒業し就職する際に彼は音楽から離れた。その後、勤め人を辞め、写真家を目指し上京するも挫折。目的を失った神山が出会ったのがボーカロイド、ニコニコ動画の世界だった。
「初めて作曲したのはボーカロイドに出会ってからですし、ニコニコ動画のこともそれまではまったく知らなくて。趣味で曲を投稿し始め、やがて即売会に顔を出すようになって、そこで初めてパソコンの向こう側に自分の音楽を聴いてくれている人たちがいることを実感しました。その時に、ネットの世界はフラットに音楽がリスナーに届く場所なんだと思った。ボカロPとしての自覚はなかったけど、ボカロのカルチャーに出会ったことで、ようやく自分の居場所を見つけられた気がした」
“有機酸”名義で知られる存在となった彼だが、2018年に神山羊という新たな名で「YELLOW」という曲を発表する。
「2017年の末ぐらいからボカロのシーンに変化が起き始めたんです。いろんな理由があると思うんですが、それまでは様々な形の楽曲が入り交じる多様性がボカロシーンの魅力だったのですが、こういう感じの曲を作れば人気が出るというテンプレートみたいなものができてきたんです。その時に、みんなが求める曲を意図的に作るというのは自分がやりたいことではないと思い、新しいことにトライしたくなった。プロデュース業や作家業などいろんな可能性を考えた結果、自分で作った曲を自分の声で歌うというやり方でやってみようと。それが“神山羊”の始まりです」
神山羊は2019年に『しあわせなおとな』『ゆめみるこども』というミニアルバムを発表。今年3月にはシングル「群青」をリリースする。彼の楽曲にはブラックミュージックやギターロックなど多彩な音楽的要素が散りばめられているが、どの曲もその核にあるのはメロディと歌であり、ハイブリッドなポップミュージックとなっている。
「神山羊として活動を開始するにあたってまず考えたのが、J-POPをやるということでした。そもそも僕は歌謡曲が好きで、90年代のJ-POPに夢中だった。それがいつの間にかまったく聴かなくなっていたんです。それはなぜかと考えた時に、J-POPと呼ばれる音楽がただただ消費されていくだけのものになっているように感じた。だから自分がJ-POPというものを魅力的な文化に押し上げたいと思ったんです。僕はブラックミュージックが好きだし、バンド時代にはギターロックやシューゲイザーも通ってきたし、ボカロの文脈も持っているけど、J-POPという容れ物の中であればそうした様々な要素を自由に取り入れることができる」
J-POPの輝きを取り戻したい。そのために神山は映像作家、イラストレーター、スタイリストといった様々なクリエイターたちを巻き込み、アートワークやMVを制作し、“神山羊”の世界を提示していこうとしている。
「“神山羊”というものを媒介にして様々なジャンルで素晴らしい活動をしている人たちの存在を伝えたいし、そういう人たちと一緒に質の高い表現を作っていくことが、日本の音楽、カルチャー自体の底上げになっていくと思うんです。だから僕は自分という人間のことよりも、音楽そのものがひとりでも多くの人に届いてほしいと願っている。そのためにもまずは自分の音楽がJ-POPのスタンダードにならなくちゃいけないと考えています」
*こちらの記事は2020年2月20日発売の『SWITCH Vol.38 No.3 特集 コム デ ギャルソン オーランドー』でもお楽しみ頂けます