『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES どこであれそれが見つかりそうな場所で』 Jc ドゥヴニ & PMGLインタビュー

村上春樹の短篇小説をフランス気鋭のアーティストが漫画化バンドデシネする好評シリーズの第6巻、『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES どこであれそれが見つかりそうな場所で』が7月20日に発売された。村上春樹作品の中でも根強い人気を誇るハードボイルドな短篇小説を原作に、シリーズの既刊とは一味違った雰囲気の“モノクロ”のバンドデシネに仕上がった。

夫はそこで消えてしまったのです。煙のように——

自宅マンションで忽然と姿を消してしまった失踪人の妻からの依頼を受け、主人公の“私”は調査をはじめた。彼はどこへ消えてしまったのか、なぜいなくなってしまったのか。失踪人を捜すという行為をとおして、“私”が本当に捜しているものとは。
 


 
翻案を手がけるJc ドゥヴニと漫画を担当するPMGLの2人。この作品について話を訊くと、原作への興味深い考察や制作の秘密について、それぞれの個性溢れる答えが返ってきた。

——数ある村上春樹の短篇小説の中から、「どこであれそれが見つかりそうな場所で」を『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES』のひとつとして選んだ理由は何ですか?

Jc
Pmがこれにしてみないかって勧めてきたんです。たしか2005年にこの作品を初めて読んだ時、とてもおもしろいと思ったけど、その時はまさか翻案するだろうとは思っていませんでした。なぜならこの物語の舞台となるマンションの階段のように「出口なし」の空間は、漫画に描いたり舞台作品にしたりするのは簡単なことじゃないから。しかしあえてビジュアル化の難しい村上作品に挑戦することで、奥深い作品が完成したと思っています。

 

Pm
これまでの『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES』の村上作品は登場人物が2人という場合が最も多いんです。主人公と、その人の平穏を揺るがすようなもう1人の人物というペア構成ですね。
 
でも『どこであれそれが見つかりそうな場所で』は2人以上の登場人物が出てくるので、彼らを描くことに挑戦してみたかった。主人公の探偵と依頼人の女性というメインの2人に加えて、探偵が調査中に階段の踊り場で出会う3人の重要なキャラクターがいます。この3人を表現することに、メインの2人以上に時間をかけました。描き手として、一度にいろんな特徴の人物を描けることはとても楽しい作業です。

 

—— この作品のどこに惹かれましたか?

Jc
主人公がとてもおもしろかった。彼は孤独な変わり者で、少なくとも普通の私立探偵と比べたら有能さにも欠けるような人物、いわゆる「負け犬」的なキャラクターです。にもかかわらず、予期しなかった方法で、事件をなんとか片付けてしまう。たとえばレイモンド・チャンドラーの書く「フィリップ・マーロウ」とか、そのチャンドラーにインスパイアを受けたと語っているコーエン兄弟の映画『ビッグ・リボウスキ』の「デュード」のように。彼らはみんな、幻滅や喪失を抱えていたり、あるいは世間とは少しずれた面を持っている。そういった要素が、謎を解決したり、普通の世界を少し違うふうに見せてくれたりするんだと思います。 『どこであれそれが見つかりそうな場所で』の主人公も、そうした典型が“村上流”に表現されている人物だと感じました。

 

Pm
僕はいろんな意味で、ミステリー映画の一部のジャンルに影響受けてきました。『ビッグ・リボウスキ』『ラスベガスをやっつけろ』『インヒアレント・ヴァイス』『アンダー・ザ・シルバーレイク』それにアルトマンが監督したチャンドラー原作の『ロング・グッドバイ』など。これらの映画の主人公は、論理や道理に当てはまらない筋道、むしろ奇妙な認識や直感なんかによって、事件を解決していきます。そういう部分ってすごく村上春樹らしいと思いませんか?
謝辞に書かれた「このアルバム(バンドデシネ)をマーロウとデュードに」という言葉からも、2人がこれらの作品を参考にし、インスパイアされたことがうかがえる。
Pm
また、これまで6作品の翻案を経て、僕たちは村上春樹が作品の中で描写する細部への強いこだわりを再発見することができました。たとえば猫や食べもの、地下鉄の駅、洋服のブランドなど。それらは本シリーズを通して注意深く描いています。それらが何を意味するのか、インターネット上にもたくさんの読者による分析がありますが、僕たちはあえて不鮮明なままにしています。なぜならその細部を探すこと、意味を見出すことこそが村上作品を読者が本当に楽しむために必要な要素だからです。

——制作でこだわったところはどこですか?

Jc
この作品のファニーな部分を失いたくなかったから、Pmには主人公の探偵を漫画的な効果を強めて描いてもらいました。たとえば表情をコミカルに描いてもらったり、効果線を多くしてもらったり。

漫画らしい効果線を背景に主人公を描いたコマ

Pm
喜劇としての余地がたくさんある作品だと感じていたので、この探偵を「不器用なやつ」にしたいっていうのが僕たちの強い思いでした。

 

Jc
内容の話でいうと、ちょうどこの翻案をはじめるちょっと前に、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の短篇を読んでいたんです。19世紀の終わり頃に日本に20年以上住んでいたアイルランド人の彼は、日本の伝承や物語を自国の言語に翻訳していました。その中に、仏教の住職の話がいくつかあって、彼らは悪の力や生きものに、信念や修行によって立ち向かっていました。
 
そんな中、『どこであれそれが見つかりそうな場所で』を改めて読んでいくと、文章のところどころにある仏教の暗示に注目するようになりました。失踪者の父は住職だし、「そのヒールの音は不吉な布告を打ちつける釘みたいな感じであたりに響いていた」という描写は、墓石に字を刻む音のように私は感じました。それで、この話にまた新しい光が差したように思ったんです。この探偵の仕事が、現実的な人探しという行為から、存在や意識という別の水準に達していく。そしてこの物語が、霊感や瞑想、さらには現実世界から自分を抽出する能力のようなものを教えてくれると感じたのです。村上春樹がこの物語を書くにあたってそういう意識があったかどうかわからないけれど、作品の一つの解釈としてありうると、私は思います。

 

Pm
Jcは作品の“禅”の側面に惹かれていたんだけど、僕は階段の踊り場で出会う3人のキャラクターがキリスト教の三位一体の象徴として機能しているようにも感じました。ランニングをしている男性が体、老人が魂、少女が精神。そして探偵は形而上的な答えを求めて彼らに質問をします。僕はこの解釈を心に留めながら制作していました。
 
絵に関しては、古典のモノクロハードボイルド作品にオマージュをささげたいという思いもありました。イタリアやアルゼンチンの漫画“Fumetti”の巨匠たちみたいに、白と黒、2つのトーンのバランスをうまく使いこなしたかった。たとえばセルジオ・トッピ、ディーノ・バッタリア、ウーゴ・プラット、アルベルト・ブレッキア、ホセ・ムニョース、アメリカの作家だと、ウィル・アイズナー、フランク・ミラー、マイク・ミニョーラなどの漫画を参考にしました。
 
他にも日本の古い探偵やギャングものの映画もたくさん観ましたね。オフィスの壁に貼られているポスターがその一部です(ちなみに、黒澤明の『野良犬』で三船敏郎が演じる探偵の名前を知っていますか……?)
 
あとはエログロナンセンスのジャンルの巨匠、江戸川乱歩や、安部公房を読んだのも、奇妙なミステリーや不条理を演出する表現には、助けになっていたと思います。
日本のギャング映画のポスターの張られた主人公のオフィスと、制作過程で描かれたラフ
Pm
苦労したのは、アングルや視点。階段の踊り場と探偵のオフィスという最小限のセットの中で進む話なので、構図の選び方はとても考えました。

 
——この主人公の探偵のようにあなたも“何か”を探していますか? 探しているとしたら、それは何?

Jc
僕にとってすべての創作は何かを永久に探す行為だと思っています。では何のために創作するの? という自分自身への問いかけをしてみると、自分でも確かな答えは見つかっていません。
 
脚本家としての答えは、書いて現実をより理解するため、そして絡み合った虚構や想像を紐解いていくため……でしょうか。物語は我々の生活を満たして滋養を与えてくれます。自己の存在を実感させ、そこに意味をもたらしてくれる。書くという行為はとてつもなく楽しいことだから創作は結局のところ「自分のため」でもあります。もちろん全てが単純に楽しいだけではないけれど、物語が現実からどこかへ連れて出してくれる現象というのはすばらしいものです。

 

Pm
僕は、作品によって認められて安定する生活を探しています。同時に僕を愛してくれる女の子も探している(笑)。確かな心の安らぎも探しているけれど、現実離れしたものも探しています。これらは正反対のものかもしれないけれど、繋がっているようにも思える。誰かと共に生きながらも、一人で生きる方法も探している。たぶん、僕はまだ探すべきものを探している途中なんだと思います。

「このシリーズも残すところあと3作。夢のような仕事だから、本当にあっというまです」と最後に語ってくれたPm。次回作、『七番目の男』もぜひお楽しみに。

<プロフィール>
翻案:Jc ドゥヴニ
1977年南フランス・イエール生まれ。歴史や文学を学んだ後、リヨンで活動。脚本家として様々な出版社や幅広い世代の作家とコラボレーションを行なう。また、作家活動の支援をするグループ「Emanata」やリヨン・バンドデシネ・フェスティバルと共に展示の企画も手がける。漫画、イラストレーション、アニメーションの学校で翻案や演劇学を教えている。

漫画:PMGL
1980年フランス・リヨンのそばで生まれ、88年からバンドデシネを描きはじめる。98年にファンタジーとSF漫画の雑誌『Chasseur de Rêves』でデビュー。以降様々なアンソロジー集に短編漫画を掲載している。また60-70年代のレコード・ディガー、クラブDJとしても活動中。

書籍情報

HARUKI MURAKAMI 9 STORIES
どこであれそれが見つかりそうな場所で

1,728円 (うち税 128円)


 
 

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