本棚と書店員。2つの「本屋のかお」を通して、これからの街の本屋を考える――。連載第24回目は、熊本では誰もが知る明治時代から続く老舗、長崎書店。間口は広く、敷居は低く、しかし奥深くもある本屋は、文化の発信地としても街に愛されてきた
明治22年、創業者の名前を取った長崎次郎書店の支店として開業された長崎書店は、来年で開店130周年。開店当時は支店だったが、現在は経営体制が変わり、熊本市のメインストリート・上通商店街にあるこの長崎書店が本店の役割を果たしている。レンガ敷きの道と新緑が茂る大きなクスノキが美しいオークス通りに面していて、知的でシックな印象の紺色の看板が目印。街の人がつい立ち寄ってしまうのも頷ける、落ち着いた佇まいだ。書店員の齊藤さんに話を訊くと、この書店が熊本の街に長く根付き、信頼される理由が見えてきた。
――長い歴史のある書店ですが、建物は新しくて綺麗ですね。
「開店当時から場所は変わりませんが、12年前にリニューアルをしました。それまでなかったギャラリーを店内に作ったり、三階にあった倉庫をホールに改装したりしました。ギャラリーは漫画や絵本の原画などの展示、ホールはトークイベントやワークショップなどに使っています」
――そういったスペースを作ったのはどうしてですか。
「本を売るためだけの場所ではなくて、ここが街の文化の拠点になるようにと考えてのことだと思います。地域貢献として熊本の文化向上の一翼を担っていきたいという思いがあるんです」
――街の本屋のひとつの重要な役割ですね。
「人文書と芸術書をお店の入り口付近に置いているのも、そういう理由からです。通常、書店ではよく売れていく雑誌を店頭に置く傾向にありますが、ここでは硬めの内容の人文書を並べていて、お客様もよく手に取ってくださっています。ただ、あくまでも街の本屋なので、間口は広く、敷居は低くすることも意識しています。扱うジャンルを絞っていないので、幅広い層のお客様に来ていただきたい。世代を超えて利用してくださっている地元の常連さんもたくさんいます」
――街とのつながりをよく考えたお店作りをされているように感じられます。
「そうですね。郷土の本棚をしっかり作っているのもこのお店の特徴です。熊本は地元愛が強い方も多いですし、知っておかなければならない歴史上の重要な出来事もたくさんあります。水俣病もあったし、ハンセン病の施設もあった。そういった歴史の資料から石牟礼道子さんなどの文学作品まで、熊本の関連本を置いています」
――今後どんな書店にしていきたいですか。
「僕は本が好きという以上に、本屋という場所が好き。というのも、並んでいる本を見ると、どんなものごとが世の中にあって、人々がいま何に関心を持っているのかが見えてきて面白いんです。読んで身になる本を見つけてもらうことはもちろん、本の並びや展示を見て楽しんでもらえるような、街に根ざした本屋を目指しています」
<プロフィール>
齊藤仁昭(さいとうよしあき)熊本出身、東京暮らしを経てUターン。入社3年目。本店と兄弟店の長崎次郎書店、両方の店頭に立つ。映画、音楽をはじめ、男性向けカルチャー棚を担当する。趣味のバンド活動の担当はドラム。愛読書は蓮實重彦の『映画狂人日記』
【今月の棚】
探している本の横に置いてある、知らない本が自然に目に入ってくるのが本屋の良いところ。この本を手に取る人は、他にどんなことを考えるんだろう、と想像しながら本を並べています。本の種類の幅を狭めないよう、自分の趣味に寄らないように気をつけています
【語りたい3冊】
①『なnD 6』編集=森田真規、戸塚泰雄、小林英治(nu)
ミニコミ誌を各々発行している3人が年に一回発行するリトルマガジン
②『リズムの本質』著=ルートヴィヒ・クラーゲス 訳=杉浦實(みすず書房)
音楽だけでなく、星の動き、波、紋様、生活など様々なものから「リズムとは何か」が哲学的に考えられています
③『エドワード・ヤン――再考/再見』(フィルムアート社)
台湾の映画監督とその作品についての評論やエッセイをまとめた一冊。計算された複雑な内容をシンプルに撮る彼の映画がたまらなく好きです
<店舗情報>
長崎書店
熊本県熊本市中央区上通町6-23
営業時間 10:00~21:00
(本稿は5月20日発売『SWITCH Vol.36 No.6』に掲載されたものです)