「岩井俊二の世界」は続く 映画『ラストレター』公開記念&「SWITCH」発売記念特別ロングインタビュー

 

1月17日、映画監督岩井俊二最新作『ラストレター』が公開された。

「手紙」をモチーフに現在と過去が交錯するその物語は、

1995年に公開された岩井俊二初の劇場用長編作品『Love Letter』と

まるで円環を描くように重なっていく。

『Love Letter』から25年、映画監督岩井俊二が描き続けたものは何だったのか——

 

1月20日発売の雑誌「SWITCH」は満を持して映画監督岩井俊二を80ページにわたり特集する。岩井俊二のロングインタビューをはじめ、自ら解説する過去作品の制作秘話、そして『ラストレター』キャスト陣が揃い踏みしたまさに完全保存版の1冊だ。

 

『Love Letter』から『ラストレター』へ。

「岩井俊二の世界」は続いていく。

 

*本インタビューは毎週土曜日23時よりOAのJ-WAVE「RADIO SWITCH」1月11日放送回のテキスト版です。いわばSWITCH特集の延長戦!! ぜひ本誌と併せてお楽しみください。

 

第1回 『Love Letter』から『ラストレター』へ

 

—— 今回の『ラストレター』は日本における岩井監督の劇場公開長編作としては2016年3月の『リップヴァンウィンクルの花嫁』から約4年ぶりとなります。この『ラストレター』のプロジェクトどのようにして始まって、どういった経緯を辿っていきましたか。

 

岩井 『リップヴァンウィンクルの花嫁』の直後くらいにぺ・ドゥナさんを主演に迎えた『チャンオクの手紙』という1時間くらいのファミリーものの物語を作ったところがスタートです。それを作り終わった後に、もうちょっとこの物語を膨らませたらどうなるかなと思い、脚本を書き足したりしている中で『ラストレター』に出てくる手紙の仕掛けを思いつきました。『チャンオクの手紙』はタイトルに『手紙』と付いているけれど必ずしも手紙の話ではなくて、ちょっとしか手紙は出てこないです。ところがこの仕掛けによって、25年前の『Love Letter』以来となる手紙の話が作れるかもしれないなという気がして……時代も変わり、今ではあまりみんな手紙を書かなくなってしまっているので。ただ、そんな中でも韓国や中国からは『Love Letter』のリメイクを作らせてくれという話が時々くるんです。それはそれでいいけれど、内心では「こんな時代に手紙の話は難しいんじゃないか?」と思っていて。どうやって作るつもりなんだろうと、高みの見物じゃないですけど、どこか他人事のように心配していたんです。だから、まさか自分が『Love Letter』のような映画を作り直すことになるとは思ってもいませんでした。でも『ラストレター』の仕掛けであれば、今の時代になぜ手紙を書かなければいけなくなるのか、その状況をちゃんと成立させられる。結果、セルフリブートというか、かつて作った『Love Letter』とは物語は全然違いますが、“『Love Letter』シリーズ”のパート2……何十年ぶりにパート2を作るんだという話ですが(笑)、プロデューサーの川村元気さんと話していく中で、じゃあやってみようか、となりました。

 

—— 「手紙の行き違い」が物語の鍵となってくるという点をはじめ、かつて『Love Letter』を観た人であれば誰もが気づく共通点や、思わずニヤリとしてしまう場面がいくつも『ラストレター』には散りばめられています。『Love Letter』と『ラストレター』、岩井さんご自身はこの2つの作品をどのように考えられているのか、もう少しお聞かせいただけますか。

 

岩井 『Love Letter』を知っている人からすると、同じ手紙の話なのに全然関係ないものとして作るよりも、むしろ逆に『Love Letter』に近づけた方が、それぞれの違いがはっきり見えてくるのではないかと思ったんです。それで、似せるところは徹底的に似せようと考えていたところはありましたね。

 

—— 手紙はもちろんですが、小道具のカメラだったり、学校、図書館だったり、キャストで言えば中山美穂さんと豊川悦司さんだったり、他にも探していけばいくつも共通点が出てきます。そのあたりは監督自身がどこか面白がってやっているようにも感じられたのですが、そのあたりはいかがでしょうか?

 

岩井 そこは面白がっているというより、どちらかというとシリアスな感覚でしたね。より作品が良くなることを目指しつつ……例えば、カメラを持って学校を訪ねるシーンは、『Love Letter』と『ラストレター』を同時に再生させたらほぼ同じ時間で同じシーンが出てくるのではないかというくらい、敢えて近いところに配置しています。『ラストレター』を観ていながら『Love Letter』を思い起こさせて、では『ラストレター』はここからどうなっていくのか、前作との関わりがなければそんなことを考える必要はないのですが、あえて関わらせることで、似てるところと違うところが浮かび上がり、単体の映画にはない独特の空気感が生まれるのではないかと考えました。これは、ゼロから全く新しいものを作る以上にカロリーがかかります。ただカロリーがかかることを惜しまずに前に進めれば、今まで自分が体験していなかった何かがあるかもしれないという挑戦でもありました。

 

—— 『ラストレター』を観て、あらためてもう一度『Love Letter』を観るのも面白い経験だと思いますが、『Love Letter』という作品は岩井さんの中でどのように位置付けられていますか。

 

(画像:SWITCH特集 岩井俊二が描いてきたもの より)

 

岩井 不思議な道筋を辿ってきた作品ではありました。最初はもっと小さな話だったんです。その頃はちょうど『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』などのドラマをやっていた時で、最初は『Love Letter』もドラマ用の企画だったんですよね。どちらも同じ石原隆さんというプロデューサーで、ちょっと変わったことをやろうかなと、「白黒で」とか「小津安二郎風で」なんてことを言っていたら、番組枠を取り仕切っている別のプロデューサーの人が怖がって逃げてしまって。

 

—— はい(笑)。

 

岩井 でも、その一緒にやっていたプロデューサーの石原さんがどうにか実現させたいと、企画をフジテレビの映画のチームに持って行ったんです。それで実現したのが『Love Letter』なんです。だから最初は白黒の小津風の作品になるはずだったんですね。

 

—— へえ!

 

岩井 しかし今度は僕がそれに怯んでしまって。劇場公開第1作で小津安二郎のパロディというのはいくらなんでもまずいだろうと(笑)。リスクが高すぎると。もし本当にそんなことをしたら二度と映画を撮らせてもらえないんじゃないか、と。そのくらい地味な話だったんです。しかも白黒で。まあ、面白い映画になるかもしれないけど、その当時は今よりも邦画が過酷な時期で、なかなか自由度も無い。映画ファンが邦画をあまり観ないという現象が一時期あったんです。そんなに長くはなかったですけど。時々そういうことが起こるんですよね。例えばお酒でも、ウイスキーが全然飲まれなくなったり、日本酒が急に人気が無くなったりとかあるじゃないですか。

 

—— はい。

 

岩井 ああいったことは説明つかないですよね。どれも美味しいはずなのに、誰も手を出さなくなるという。それに近い状況が日本映画界にあったんです。そんなタイミングでのデビューだったのでかなりしんどくもあったし、「これから俺は映画でやっていくぞ!」という気持ちもそこまでありませんでした。むしろ主戦場はテレビドラマになるんだろうなと。ただ、映画をやらせてもらう機会なんてなかなか無いので、なんとかして成功したいとは思っていました。そして、どうせ挑むのなら自分が映画を撮るならこういう風にしたいという欲も出てきてしまった。『Love Letter』はあの頃の自分の「こういうものが映画だ」というエレメントが詰まったような作品という印象が僕の中にあります。『Love Letter』と『スワロウテイル』の2つがそういう作品というか……自分にとっての「映画みたいなもの」を作った作品なんですね。

 

—— ちなみに劇場公開された『Love Letter』は最初に想定されていた小津オマージュのプロットとは全く違う新しいものになったのですか?

 

岩井 いや、かなり似てはいます。どんなのだったかな……ある女の子がいて、お見合いをさせられるんですよ。それで、そろそろ結婚だよ、と。なんか小津っぽいですよね。それで最終的に嫁に行って終わる。結婚が決まって、それに向けて片付けをしていると昔のものが出てきたり、知らない人から手紙が来たりということが起こって、その手紙に返事を書いたりというような……。その女の子の中だけで自己完結する話なので、相手が出てこないんですよね。手紙がやって来るだけ。見知らぬ人から手紙が何通も来て、それに対して返事を書きながら、自分の嫁入りの準備をしていくというような。これはこれで面白かったんですよね。

 

—— 面白そうですね。

 

岩井 僕もこれまで映画も10本くらい作ってきたし、そろそろこれをリメイクしても干されることはないんじゃないかって(笑)。

 

—— ぜひいつか観てみたいです。

 

岩井 でもこれをデビューでやるのはなかなか勇気が要りますよね。「こいつ本当に映画撮れるのか?」という。もしかしたら映画評論家みたいな人が観たら「これは素晴らしい」と言ってくれるかもしれない、そんなタイプの映画です。でも僕らが直面しているのは“映画プロデューサー”という人たちで(笑)。そんな人たちに「こいつは売れる映画作れないね」と思われてしまったら、もう二度と仕事が来ないような時代でしたし、決して恵まれた環境を提供されているわけでもなかった。そんな中で常に知恵を絞って作るというのは、今も昔も変わっていませんね。逆に「さあ、自由に作ってください!」という環境の方がうまく出来なかったりして。

 

—— なるほど。

 

岩井 そういう荒波とか、過酷な環境というのは、作り手にとってはそこまでマイナスになることじゃないという気はします。社会環境もそうですけど、暮らしやすい国よりも、暮らしにくい国の方が良い芸術が生まれるというのは歴史が証明しているじゃないですか。だから、そういうものなのだろうなと思っていますね。

 

第2回 主人公は「手紙」かもしれない

第3回 僕の作品はあなたの中で完結する

 

 

SWITCH Vol.38 No.2
特集 岩井俊二が描いてきたもの

2020年1月20日発売
価格:1,000円+税