KIDILL 2022-2023年 秋冬コレクション デザイナー 末安弘明 インタビュー

1月15日に東京・文京区の鳩山会館にて、KIDILL2022-2023年秋冬のコレクションがショー形式で発表された。

今回のテーマは「THE OUTSIDER」。
これまでも、アウトサイダーアートに対する共感と、その精神性をどうファッションとして昇華させるのかという試行錯誤がKIDILLのデザインからは感じられていた。特に今回のコレクションはその課題に真正面から向き合ったように思える。アウトサイダーアート界で最も著名とされるヘンリー・ダーガーの絵画を自らの服に落とし込んで挑んだこのコレクション。デザイナーの末安に話を訊いた。

TEXT: Kawakami Hisako

 

KIDILL 2022-2023年 秋冬コレクション デザイナー 末安弘明 インタビュー

Photography by Suenaga Makoto

描かずにはいられない。その衝動性への共感

—— 今回のコレクションでヘンリー・ダーガーの絵をコレクションに取り入れたのはなぜだったのでしょうか。

「元々、原美術館での展示や美術手帖の特集で彼の作品を知って、すごく好きだなと思っていました。今から15年くらい前ですね。彼の創作物は誰かのために作られたものじゃなくて、自分を癒すために描かざるを得ないという切実さや熱意があって、それは自分にも重なる部分があります。僕も服が作れない状況になったら耐え難いですし、誰かのためというよりも、自分の存在を証明するために服を作り続けていると思っているので」
 

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—— ヘンリー・ダーガーの絵画作品の権利を取得するのは簡単なことではないと思うのですが。

「そうですね。今回コレクションが実現したのは、ヘンリーが住んでいた住居を管理していたネイサン・ラーナーさんという方の奥様である、キヨコ・ラーナーさんの多大なるご協力をなくしては語れません。偶然が重なってキヨコさんに出会うことができ、ヘンリーの絵画をコレクションに使う構想が現実味を帯びていきました」
 

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パリと東京。それぞれの場所で

—— 会場の鳩山会館を選ばれたのはどういった経緯だったのでしょうか。

「11月頭まではパリでショーをすることを決めていて、現地でのセッティングもほとんど済んでいました。そうしたらコロナの状況が酷くなってしまって、パリでのショーは断念せざるを得ない状況になってしまった。パリで押さえていた会場はヘンリー・ダーガーの自室のような、ごちゃごちゃと物が溢れた部屋のある庭付きの一軒家でした。そのイメージが既に出来上がっていたのもあって、日本でも庭付きでショーができる洋館を探していました。鳩山会館を見学させてもらった時に、ああこれはぴったりだなと思って選びました」

—— パリでショーを行うことと、日本でショーを行うこと。このふたつに対して末安さんの思いや、違いはありますか?

「パリでのショーは困難な状況もあるけれど、新しいものや人との出会いが格段に増えます。そういった意味ではパリでショーをすることは重要だと思っています。東京では信頼できるメンバーがいる分、想定外のことは生まれにくいですからね。パリに限ったことではないですが、違う環境でショーをしたいなという気持ちが高まっています」
 

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ヘンリー・ダーガーのなかにみる「狂気的なガーリー」

—— ヘンリー・ダーガーの代表作である『非現実の王国』のなかで、男性器を持った少女たちの軍団“ヴィヴィアンガールズ”が登場します。今回のKIDILLのコレクションでもひとつの重要なモチーフになっていると思いますが、彼女たちをどのような解釈で服に落とし込んだのでしょうか。

「ヴィヴィアンガールズは一見少女の身なりをしていますが、ヘンリー・ダーガーの感情の機微や精神性を深く投影した存在だと思いました。彼の日常生活の鬱憤を、絵のなかで解消しているような感覚が所々にあるような気がしています。『非現実の王国』はグロテスクなシーンもあるけど、可愛くポップにまとまっているのも面白いなと思いました。この言い方が正しいかわかりませんが、僕はヴィヴィアンガールズに対して“狂気的なガーリー”をすごく感じるんですよね。2022年春夏のコレクションで取り上げたトレヴァー・ブラウンのようなフェティッシュさとはまた違う切り口で、このガーリーさを表現したいと思いました」
 

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—— モンスターのような全身ツナギの服もありましたが、あれも販売されるのですか?

「あれも売っています。マストなアイテムだと思っていますね。ヘンリー・ダーガーの描くキャラクターには、女の子に男性器が付いているというのが重要だと僕は思っていて、それを象徴する一着があのツナギなので」

未完の物語を引き受ける

 
—— パリコレクションで公開された映像作品についてですが、こちらはどのようなコンセプトで作られたのでしょうか。

「映像に関しては、映像監督の石田悠介くん、スタイリストの島田辰哉くんにヘンリー・ダーガーのストーリーや、コレクション全体のイメージを相談するところから始まります。彼らのアイデアや意見を信じているので、3人で話し合って映像が完成していく感じです。パリコレで公開した映像は、『クレイジー・ハウス』というヘンリー・ダーガーの未完の作品を模しています。『非現実の王国』の続編ですが、前者が戦争物のファンタジーだとすると、これはホラーストーリーでテイストが違うんです。今回の映像のなかでも、冒頭に登場するメインキャストの背後から突然人が現れる恐怖だったり、終盤では彼が振り向くと窓に人が並んでこちらをみている不気味さだったり。彼が作り終えられなかった物語を引き受けて、その先を想像するということをやってみたいと思って制作しました」
 

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—— 最後になりますが、ショーを終えられた今のお気持ちは?

「なんだか不思議なくらい落ち着いてますね。ファッションショーに対する気持ちの昂りだとかなくなってきました。冷静に、朝起きてショーの準備を始めるみたいな。逆にいえば、生活の一部のようになってしまうくらい、このショーに入れ込んでたのかもしれません」
 

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《末安弘明 プロフィール》
2014年の秋冬シーズンよりKIDILLをスタート。2021年の秋冬からパリ・メンズ・ファッションウィークに参加。

ヘンリー・ダーガー(1892年−1973年)
アメリカ合衆国生まれ。生涯、掃除夫として生計を立てて暮らし、自室で誰にも見せることなく制作を続けていた。絵と文章で構成された15,000ページもの長編小説『非現実の王国で』が死後発見され、世界で高い評価を受けた。