【第3回】是枝裕和×坂元裕二対談を特別公開

現在発売中の『SWITCH』2023年6月号で特集した映画『怪物』は、映画監督・是枝裕和と脚本家・坂元裕二の初タッグとなった作品だ。ふたりの初対面は2015年3月24日に行われた対談だった(是枝裕和対談集『世界といまを考える1』に収録)。貴重なやりとりが記録されたその対話を、SWITCH ONLINEにて特別公開する。

是枝裕和×坂元裕二
どこ
かから借りてきた言葉ではない言葉を

第3回

捨て子を好んで描くことについて

是枝 映画には興味がないそうですが、確かに坂元さんのドラマを見ると、坂元さんの作風にいちばん合っているのは連ドラという形態だろうなと思います。


坂元 ワンクール13本ぐらいあるとちょうどいいんですけどね。この間まで11本だったのが、いまや10本になることもあって、すごく書きづらくなりました。『ゴーイング マイ ホーム』は僕にとって理想的なドラマです。あれは書きながら撮っていたんですよね。


是枝 そうです。本当はクランクインするまでに全話書き上げる予定だったんですが、押しちゃって。4話を撮っている最中に、5、6話の脚本を直すというような追いかけっこになってしまい、後半はほぼ当日納品。放送日の朝にスタッフが新幹線に乗って関西テレビにテープを運ぶという、綱渡りの連続でした。


坂元 連ドラの全話を書いて、撮影して、編集した人っていないですよね。前人未到なんじゃないですか。


是枝 (笑)自分ではすごく満足しているんですが、三谷幸喜さんにお会いしたときに「是枝さん、やりたいことぜんぶやったでしょう。ダメだよ。やりたいことぜんぶやったら、人は観てくれないんだよ」といわれました(笑)。ところで坂元さんは捨て子の話が多いですよね。僕もよく「なぜいつも捨てられた人の話なんですか」と訊かれるんです。


坂元 捨て子は映画やドラマの王道のテーマですよね。『パパと呼ばないで』あたりから始まって、『池中玄太80キロ』、『パパはニュースキャスター』など、どんな時代も子育てモノというか、子育てが苦手な人が育てていく話や、その子たちに焦点を当てる話が多い。もちろん自分も意識しています。


是枝 『Mother』で松雪さんが渡り鳥の話をしますね。あれは、『池中玄太80キロ』の池中玄太がタンチョウヅルの写真を撮ることをライフワークとしていて、その彼が疑似家族をつくっていくという設定を多少は意識されていましたか。


坂元 ……意識はしていなかったですが、いまいわれて、そうだったのかもしれないなと思いました。『Mother』は、よその子を育てる鳥の話が先にあって、主人公が渡り鳥の研究をしていると設定にしたんです。でも、『池中玄太80キロ』は意識していたので、そのイメージがあったのかもしれないですね。


是枝 あとは『チェイス~国税査察官~』も経済モノでありながら、最終的にはそういうテーマを扱っていて、おもしろいなあと思いました。


坂元 どこか理由付けとして好んでいるところもあると思うんですけど……。是枝監督はどうして捨て子がお好きなんですか。


是枝 僕も訊かれると答えられない(笑)。でも好きなテーマだから、坂元さんのドラマにもすごく反応してしまうんじゃないかと。


坂元 子どものころの記憶があまりないんです。幼稚園のときにはすでに爪とか鉛筆の端をなくなるまで嚙む癖があって、そこに何か理由とかブラックボックスがあるのかなと思ったりするんだけど、親に聞くのが怖くて聞いたことがない(笑)。


是枝 ご両親はご健在なんですか。


坂元 元気にしています。


是枝 ドラマを観た感想は送ってきますか。


坂元 送ってきますが、無視します。


是枝 「どうだった?」とは聞かないんですか。


坂元 それは誰にも聞かないです。プロデューサーにも聞かない。脚本が上がっても、おもしろいかどうかではなく、みんな問題点のみを粛々となおします。


是枝 でき上がった作品はご覧になるんですか。


坂元 観ます。でも感想はあまりいわないですね。黙々と進めていくのみです。それこそ会話のなくなった夫婦のように(笑)。


是枝 役者さんには会わないとおっしゃいましたよね。それはなぜ?


坂元 質問されても答えたくないんです。顔合わせだけは行きますが、休憩時間には部屋を出て、誰にも話しかけられないようにします。


是枝 (笑)徹底してるなあ。


坂元 「この人物はAですか、Bですか」「この気持ちはAですか、Bですか」と訊かれる。僕としては、いつも「そのどちらでもある」としか答えられない。あと、「あそことあそこの台詞は、こうつながっているんですよね」とかいわれたりするでしょう。実は何も考えてなくて、たまたまだったりするじゃないですか。別にたまたまでいいと僕は思っているんだけど、そこでスパッと「そうですよ」といえない自分がいる(笑)。是枝監督はどうされるんですか?


是枝 「ああ、初めて気がつきました。それ使わせてもらいますね」とかいってごまかします(笑)。構造がわからないように書いたつもりなのに、わかられちゃうとやっぱり恥ずかしいものなんですよね。

演出家は「敵」のようなもの

坂元 是枝監督はコメディはつくらないんですか。


是枝 コメディのセンスがないから(笑)。おかしみがある、クスッと笑っちゃう作品はやりたいと思っているんですが、コメディというジャンルはたぶんできないんじゃないかな。


坂元 僕、コメディは本当はやりたくないんです。監督がおっしゃったようなおかしみ程度でいいじゃないかと思うんですが、いま、テレビドラマは笑いか職業モノかの選択が迫られつつあります(笑)。


是枝 でも、『問題のあるレストラン』は、坂元さんのドラマでいうとコメディですよね。すごくおもしろかったけど。


坂元 大きな笑いを求めなければ、もう少し人間をリアルに描けると思うんです。コメディ色を強くすると、ドキュメンタリー性が薄れてシステマチックになって、人間も輪郭が大雑把になっていっちゃう。


是枝 なるほど。同じコメディでも『最高の離婚』は登場人物が4人と限定されているから、ひとりに時間が割けると思うけれど、『問題のあるレストラン』のように登場人物の数がすごく多いとやはり難しいですか。


坂元 僕は究極的には連ドラはふたりで充分できると思っているし、ちょうどいいのは『最高の離婚』の4人ぐらいですね。


是枝 自分の立ち位置を誰かひとりに置くというようなことはあるんですか。『最高の離婚』でいうと、たとえば瑛太くんがいちばん自分に近くて、そこから見える3人を書くというような。


坂元 主役には自分を投影しないです。むしろそのときそのときに心が動いてしまう人に乗る感じというか。……あの、ずっと尋ねたかったんですけど、『そして父になる』は子どもの取り違えをテーマに書こうと思ってつくったんですか。


是枝 いや、違います。福山さんにお会いしてからですね。父親役を演じたことがないとおっしゃっていたので、父親がいいかなと。


坂元 そのあとから取り違えが出てくる?


是枝 そうです。


坂元 ちょっと厭ないい方ですが、「子どもの取り違え」という出来事は連続ドラマになると思いました。もし映画になる前に是枝さんがボソッと口にしていたら、「その題材、僕にください」といったと思う。1クールそれで書きたかったです。


是枝 (笑)いまからでもぜひ。いや、本当に連ドラ的なテーマなんですよね。


坂元 『ゴーイング マイ ホーム』のときになぜ『そして父になる』をやらなかったのかと思いました(笑)。


是枝 実は僕もネタ的に逆だったなと。『ゴーイング マイ ホーム』のほうが映画っぽくて、『そして父になる』は連ドラっぽい。逆転したことがいいのか悪いのか自分でもわからない。


坂元 『ゴーイング マイ ホーム』は『歩いても 歩いても』とけっこうついになっていますよね。だから逆にドラマにしたのかなと。でも『そして父になる』は連ドラになるなあって。


是枝 僕、「題材で何がやりたいですか」と訊かれたときに、しばらくずっと「赤ちゃんポスト。捨てられた子の話がやりたい」といっていたんです。それで『Mother』を観て、「わ、やられた! また坂元さんとリンクしてる」と勝手に思っていた(笑)。これ、本当にリップサービスでもなんでもなくて、自分で脚本を書かずに演出と編集だけするのであれば、井上由美子さんか坂元さんと組んでやってみたい。この近い将来で可能性がないだろうかと本気で思っています。


坂元 いや、もう、恐縮です。それにしても不思議だなあ。是枝さんのような映画をつくっていらっしゃる方が、どうしてテレビ業界という極端に商業的な場に興味を持たれているんだろう(笑)。


是枝 いやいや、僕自身はテレビのドキュメンタリーからキャリアが始まっているし、いまでも自分をテレビ人だと思っているんです。だからテレビの脚本家の方のほうがシンパシーが強い。さきほど役者さんをイメージして書かれるとおっしゃいましたが、演出家がこういう人だったらという発想はありますか。


坂元 演出家は敵だと思って挑んでいます。(笑)。大きな影響を受けた、『Mother』や『Woman』の演出家の水田伸生のぶおさんですら。というか、演出家を意識していたら書けないので、敵というのは大げさにしろ、演出家とは慣れ合いにならないように心がけています。


是枝 演出家に脚本を変えられることはありますか。


坂元 いまはさほどありません。あっても事前に連絡してくれます。


是枝 尺の関係で書かれたものの一部がごっそり落ちることは?


坂元 ごっそりはさすがにないですが、何分かオーバーしているとちょこちょこと切られることはあります。


是枝 その判断は演出家に任せる?


坂元 ええ。脚本が仕上がったら、一切何も口を出さない。心のなかで「勝手にしやがれ」と吠えるだけで(笑)。あとは打ち上げでちょっと厭味いって終わりです(笑)。


是枝 いろいろとわかりました(笑)。山田太一、井上由美子、坂元裕二という尊敬する脚本家の3人にお会いできて、僕は本望です。


坂元 こちらこそありがとうございました。今日は質問に答えるのが精一杯だったので、もし機会があったら今度は是枝監督の話を聞かせいただきたいですし、いつかお仕事をご一緒にできたらと願っています。

初出:是枝裕和対談集『世界といまを考える1』(PHP文庫)

SWITCH Vol.41 No.6
特集:『怪物』が描くもの


1,100円(税込)