【CREATION SWITCH Vol.1 第2回】久米博康社長インタビュー(前篇) ――究極のTシャツ「色丸首」を語る。

二代目久米信市さんが開発した日本初の国産Tシャツ「色丸首」。それから約半世紀を経て現代に蘇った「久米繊維謹製 色丸首」。復刻ではなく新作。その開発は時代の流れに抗う反骨精神を掲げた挑戦でした。

70年目の挑戦

——ご取材を受けてくださりありがとうございます。

久米博康さん「こちらこそありがとうございます。弊社にご関心をお寄せいただき光栄です」

——ありがとうございます。では早速ですが、「久米繊維謹製 色丸首」が生まれたきっかけについてお話しいただけませんでしょうか?

久米「まず開発に至る時代背景説明のため、80年代後半まで遡ってよろしいでしょうか?」

久米博康社長 着用Tシャツ「01」

――80年代後半ですか?

久米「はい。当時、日本の繊維産業はプラザ合意後の円高も影響し、輸入が輸出を上回るようになって不況に陥りはじめていました。そのような状況の中で日々奮闘する父の手伝いを、大学在学中だった私は自然と始めるようになり、そして家業を継ぐ決心をしました。その後90年代に入るとバブル崩壊があり、また海外の工場で作られた低価格のTシャツが市場を席捲し始めました」

――1枚1,000円を切るようなものですね。

久米「500円で売られるものもありました。価格コンシャスの流れはやはりシビアで、『やっぱり価格じゃ敵わないよね』と、つくり手として疑心暗鬼になっていきました。どうしたらTシャツメーカーとして生き残れるだろうかと考えていた頃に心に残ったのが、紡績会社さんとの会話で『久米さん、僕らはすごく良い糸を紡ぐ高い技術を持っているというのに、悲しいのは使いこなしてくれる人がどんどん減っているのです。その糸を使って商品を作ると原価が上がり過ぎるから…となかなか手を出してもらえません。価格が高いからそこまでのクオリティーはいらないって言われたりすることも。だったら日本でやる意味がないのではと考え込んでしまうのですよ』という言葉でした」

――日本の技術が時代に置き去りにされてしまっている。

久米「こんなにもったいないことはないでしょう。日本の紡績をはじめ繊維の製造技術は世界有数だったのですから。だから弊社は海外に出ない決断をしました。国内で製造し続ける決断を。なぜなら海外の工場でTシャツを作るのなら、弊社である必要がないから。日本でこそつくれるもの。久米繊維ならではのものづくりにチャレンジしなければ存在価値がないと腹を括りました」

――”国産Tシャツ”という誇りこそが久米繊維であると。

久米「はい。まずは国内でのTシャツ作りの伝統を守り続けていくこと。そしてさらに日本製ならではの新しい糸を用いて今までにないTシャツをとことん追求して創ってみようじゃないかと考えました。プロジェクトの始まりです」

――久米繊維の新たな国産Tシャツ作りの挑戦が始まります。

久米「コンセプトは、1950年台半ばに国産Tシャツの先駆けとして先代会長である父が作り始めた『色丸首』を、ただ復刻するのではなく約50年を経て進化した現代の技術で再創造すること。結論から言うと完成まで2年半ぐらいかかりましたが、”これぞ日本そして久米繊維ならではのTシャツ”と呼べるようなものができたと思います」

ものづくりの川

――プロジェクトはどのように動き始めたのでしょうか?

久米「昔からお世話になっている紡績会社さん、編立工場さん、染色工場さんにお声がけしました。『基本的にコストや納期に制限はありません。みなさんが持っている技術を活かして、これぞ”日本のTシャツ”といえるような、良いものを作りましょう』と。私は当時30代の若造でしたけど、『おもしろいじゃないか』と、みなさんポジティブに捉えてくださいました。やはり職人の方々は皆、同じジレンマを抱えていて、技術を発揮できるものを探していたんです」

――チーム久米繊維が一丸となって究極のTシャツを作り始めます。

久米「もし目標がただ高価な品を生み出すというのであれば、実は意外と簡単なのです」

――どういうことですか?

久米「つまり高い材料を用いて、デザインや仕様にどんどん凝っていけば必然的に高価な品になります。プラスプラスの発想です。だからといって必ずしもできあがりが良いものになるとは限らないし、高価な品=高級品とは言い切れない面も。そこがものづくりの面白さでもあり難しさでもあるのです」

――なるほど。

久米「そこで最初は各工程からのアイディアを持ち合い、次に削ぎ落としていきました。このディテールはいいね、理にかなっているね。ここはこうすべきだ、と試作を繰り返し、じっくりと仕様を決めていきました。その結果、新たな設備投資も必要となりましたし、時間とコストはかかることになりました。そしてこのプロジェクトは今まで一緒にものづくりをしてきたチームでやることに意味がありました。ものづくりに対する姿勢、品質への信頼感です。私たちのものづくりはチームの中で作るから意味がある」

――逆に言うと、チームでなければものづくりではない、ということですね。

久米「”久米繊維でなくなる”という言い方が合っているかもしれません。ものづくりで一番難しいのは品質の維持です。具体的にいうと裁断、縫製、仕上げ、プリントは自社工場で一貫して行いますが、それ以前の生地を作る段階の工場は、自社工場ではありません。その川上の工場が今、国内から減り続けている。国内でこれ以上、紡績、編立、染色工場がなくなるということは、日本でのものづくりを続けることが出来なくなるということ。その時は弊社も工場を畳まざるを得ない」

――チームは一人でも欠けたらチームじゃなくなる。

久米「たとえ細長くても、このものづくりの川が繋がっていないと、良いものは作れないのですよ。良い生地を供給していただいている以上、私たちもしっかりと良い製品を作り、お客様へ届けて川全体を潤す必要がある。そしてお客様に製品の価値を認めていただいて適切な代金を頂戴し、きちんと川上の工場に還元していく必要があります。川のどこか一部でも澱んでいたらダメで続けていくことが出来ません」

新ジャパンスタンダードの誕生

久米繊維謹製 色丸首

 

――「色丸首」は1万1,000円とTシャツの中では高額商品です。

久米「2006年の発売開始以来、同じ希望小売価格での販売を続けています。特別な生地を生み出し、するべき仕事をして、つくり上げた結果この価格となりました。私たちはこの1枚にその価値が十分あると考えています。よくリーズナブルな価格という言葉がありますが、「色丸首」だけでなく久米繊維のTシャツはリーズナブル、直訳通り『理由がある』価格設定を心がけています」

――「色丸首」の特徴を教えてください。

久米「日本の紳士のために上品なものを目指しました。まず独特のシャリ感を持つ肌触りの優れた生地。通常はTシャツに用いないような細番手の綿糸を採用し、双糸使いで程よい厚みと適度な横方向へのストレッチ感を持つように編み設計を施し生まれました。また、利休茶、濃ねず、紺青など和の色から、コーディネートのしやすさを鑑み選定したカラーバリエーションも、色丸首ならではのものとなっています。

そして身に纏うような感覚でお召いただけるようナチュラルなフィット感の立体裁断の型紙を採用。細めの衿巾や少し長めの袖丈などとも相まって大人らしいシルエットに仕立てています。また柔らかく仕上がった上質な生地の裁断、縫製には、弊社のオリジンであるメリヤス製造のノウハウも多く活かされています。一度袖を通していただければ、きっとご理解いただけると思います。久米繊維が何を守り続けているのか、何を表現したいのかを」

(画像:久米繊維ホームページより)

――生活に溶け込む1枚。1度着ると手放せなくなる愛情が生まれそうです。

久米「とてもシンプルなTシャツです。『色』がついていて『丸首』だということ。長年にわたってTシャツをつくり続けてきた経験やノウハウを活かして完成したのは、決して奇抜なものでなく、オーソドックスで長くご愛用いただけるものとなりました。これが私たちのスタイルです」

――「久米繊維謹製」というラベルにはどのような意味があるのでしょうか?

久米「それまではOEMの裏方を務めることが多かった工場が、ファクトリーブランドとして製品を発表するにあたって、堂々と名前を名乗ることから始めたかったのです。自分の名前を付けることは責任を持つことにも繋がります。そして横文字のブランド名ではなく漢字であるというのも、日本のファクトリーブランドであることを端的に表すのに良いと考えました。また『謹製』という日本の職人としての姿勢もとても大切にすべきものです。とはいえ当時、業界ではある程度の知名度はありましたが、一般的には全く無名でしたので…『ブランド名、久米繊維で大丈夫?』と一抹の不安は感じました(笑)」

――最高にかっこいいと思います。

久米「でも最近では、思いがけず『久米さんのTシャツ』なんて呼ばれることも多くなりました。普通ブランド名に”さん付け”って、なかなかないですよね(笑)。ありがたいことです」

――それに「色丸首」という響きには、人懐っこさの中に大人らしさがあり、日本の伝統の響きがあるように思えます。

久米「父が初めてのTシャツに名付けたのが『色丸首』という呼び名です。半世紀という時を経て『守・破・離』の精神で創りあげた新しいTシャツの名前としても『色丸首』は合っているとしたら素直にうれしいです」

――お父様もきっと喜んでいると思います。

<目次>
第1回 最初で最後の国産Tシャツ、はじまりの下町へ(10月22日公開)

第2回 究極のTシャツ――色丸首を語る(前編)(10月22日公開)

第3回 究極のTシャツ――色丸首を語る(後編)(10月23日公開)

第4回 表現者を”着る”ということ――「北斎プロジェクト」(10月24日公開)

第5回 Tシャツを着て飲む酒は「ヤレタノシ ヤレウマシ」 ――日本酒Tシャツ『蔵印』(10月25日公開)

第6回 久米繊維がTシャツを作り続ける理由(10月26日公開)

第7回 ファクトリーショップへようこそ!(10月29日公開)